みなさんにとっての「顧客」とは誰のことでしょうか。顧客とは「お金を払ってモノやサービスを買う人」です。ここで改めて考えてみると、システム開発にお金(予算)を投じているのは会社です。会社はお金を払って、リーダーを含む、チームの能力や労働力を買っています。そう考えれば、会社が顧客であることが分かります。
つまり、システム開発プロジェクトチームは会社というクライアントから仕事を受注しているパートナー企業であり、リーダーは、パートナー企業の「社長」のようなものなのです。
顧客である「会社」に気持ちよくお金を払ってもらうためには、そのお金が「意味のあるもの」だと思ってもらう必要があります。情報システム部門であっても、システム開発のプロジェクトであっても、その投資が成果を生み出さなければ、会社にとって意味はないのです。リーダーは、チームでビジネスをしているのだということを常に意識する必要があるのです。
チームでビジネスを進めるということは、顧客(上司・会社)に喜んでもらいながら、自分とチームを食わせていくことです。そこで必要となるのが「マーケティング発想で仕事をする」ということです。近代マーケティングの父といわれるフィリップ・コトラー氏は『コトラーの戦略的マーケティング』(ダイヤモンド社)で、マーケティングをこのように定義しています。
つまりマーケティングとは、顧客にどうすれば喜んでもらえるのか、そして自分自身も利益を得られるのかを考えて、実行するプロセスだということです。このプロセスのなかで最も重要なのが「差別化」です。
ビジネスシーンでは、差別化というワードがよく使われます。「他社より値段を下げて差別化します」「他社より品質を上げて差別化します」のようにです。
しかし、これは本質的な差別化とはいえません。差別化とは「お客様が認識できる差」を作ることです。その差が「買う理由」になっていなければならないのです。つまり、「◯◯は、◯◯だから、買う」という理由になっている必要があります。
この「買う理由」を考えるときに参考になるのが、『ナンバーワン企業の法則』(日本経済新聞社)の著者、マイケル・トレーシー氏とフレッド・ウィアセーマ氏が提起した「三つの価値基準」のフレームワークです(図)。
このフレームワークは、市場には3種類の顧客が存在するという考え方がベースとなっています。つまり、最先端の技術を好む顧客(プロダクトリーダーシップ)、信頼性の高さ、効率の良さを重視する顧客(オペレーショナルエクセレンス)、顧客のニーズに合わせて融通を利かせてくれることを重視する顧客(カスタマーインティマシー)の3種類です。
プロダクトリーダーシップであれば、多少高くても、最先端の知識や一流の技術力を求めますし、オペレーショナルエクセレンスなら安定した仕事ぶりで、かつリーズナブルな価格を求めます。カスタマーインティマシーなら、臨機応変で柔軟に融通を利かせて対応することを求めます。
トレーシー氏とウィアセーマ氏は、市場でリーダーシップを発揮している企業は、次の4つのルールを忠実に守っていると指摘しています。
(1)3つの価値基準のどれかを選んで一番になること
(2)残りの2つの基準でも、それなりの水準を維持すること
(3)選択した基準における改善を怠らないこと
(4)価値を提供し続けられるように業務モデルを作ること
以下にそれぞれを見ていきましょう。
(1)3つの価値基準のどれかを選んで一番になること
チームのリソースには限りがあります。顧客のすべての要求を満たすことはできません。最先端の技術力を持ちながら、価格はリーズナブルで、柔軟で臨機応変な対応ができればいうことはありませんが、実際にはどれも中途半端になってしまうでしょう。そこで、3つの価値基準のうち、どれか1つに軸足を定めて、その基準での一番になることを目指すのです。
(2)残りの2つの基準でも、それなりの水準を維持すること
軸足を1つに定めるといっても、他の2つの基準が水準以下であれば、魅力は失せてしまいます。例えば、知識は豊富で、技術力も抜群にある。しかし、顧客と人間関係を築けない、人と組んで仕事ができないというのでは、せっかくの知識や技術力も買う理由にはならないのです。逆に、人間関係を築くのは長けていても、業務知識が乏しかったり、仕事の進め方がまずかったりすれば、顧客もいずれ愛想をつかしてしまいます。
(3)選択した基準における改善を怠らないこと
軸足に定めた基準で一番になったとしても、それがずっと維持できるわけではありません。顧客の期待値は常に上がっていきます。上がった期待値を満たし続けるには、継続的な改善が必要です。プロダクトリーダーシップを重視する戦略を採り、最新の知識や技術を手に入れたとしても、その知識や技術をアップデートしなければ、数年後には陳腐化してしまいます。
カスタマーインティマシーを重視する戦略を採って柔軟で臨機応変な対応をしていても、顧客にとってそれが当たり前になってしまえば、差別化できていることにならないのです。言い換えれば、常に顧客の期待値を上回る努力が必要なのです。自分たちとしては頑張っているつもりでも、評価は相対的なものであることを忘れてはなりません。
(4)価値を提供し続けられるように業務モデルを作ること
軸足となる価値基準を満たし続けるには、それぞれの価値基準に合ったリソースの配分、仕事の進め方をする必要があります。プロダクトリーダーシップを採るのであれば、最新技術動向を常にモニタリングし、研究・開発にリソースを割く必要がありますし、カスタマーインティマシーを重視するならば、顧客の要望を理解し、業務プロセスの中に組み込む仕組みを構築しなければなりません。
オペレーショナルエクセレンスを重視するなら、リーズナブルな価格でサービスを提供できるような仕組みを作らなければなりませんから、クライアントの個々の要望は犠牲にせざるを得ないこともあります。これが複数の価値基準を満たすのが難しい要因になっています。
戦略のスイートスポット
「プロダクトリーダーシップ」「オペレーショナルエクセレンス」「カスタマーインティマシー」の3つの基準のうち、どれかに軸足を定め、それを満たすための4つのルールに従うことで、顧客が「買う理由」を構築する。では、そもそも自分はどの基準を選ぶべきなのかという疑問が湧いてきます。
ここでヒントとなるのが「戦略のスイートスポット」という考え方です(図)。図を見ると、3つの円が重なり合っています。それぞれ「顧客が求めること」「競合が提供するもの」「自分にできること」です。
1つ目のサークルは、「顧客が求めること」です。冒頭で触れたように、「顧客はモノでなく、機能(ファンクション)を買って」います。私たちは顧客が求めている機能を実現しなければなりません。しかし、私たちはついつい「自分ができること」「自分がやりたいこと」からスタートしてしまいがちです。顧客が求めていないものにいくら力を注いでも、顧客に喜んでもらうことはできません。
忘れてはならないのが「競合」の視点です。いくら自分たちとしては頑張っていたとしても、それがどこにでもあるものだったり、競合会社との「差」がなかったりすれば、顧客にとって買う理由にはなりません。「他にはない」「その人にしか提供できない」からこそ、欲しくなるわけです。差を作るためには、ライバルはどのようなファンクションやベネフィットを提供しているのかを知る必要があるのです。
社内システム部門には「競合」がないと思われるかもしれません。しかし、業務そのものをアウトソーシングされたり、ヘッドハンティングなどでリーダーやマネジャーの交代を余儀なくされたりする可能性はあります。システム開発は自分たちにしかできない仕事だと考えるべきではありません。
「顧客のニーズ」「競合が提供するもの」「自社(自分)にできるもの」という3つのサークルの関係性で考えたとき、最も差別化できるのは、「顧客が求めていて、ライバルができないこと、かつ自分にはできること」です。この領域のことを「スイートスポット」といいます。
「プロダクトリーダーシップ」「オペレーショナルエクセレンス」「カスタマーインティマシー」の3つの価値基準は、
(A)最先端の知識、スキル(プロダクトリーダーシップ)
(B)安定して、速い仕事ぶり(オペレーショナルエクセレンス)
(C)融通が利く臨機応変さ、人当たりのよさ(カスタマーインティマシー)
と言い換えられます。このうち、「顧客が求めていて、ライバルができないこと、かつ自分にはできること」が、あなたの狙うべきポジションになります。
競争とは、常に相対的なものです。競合会社が技術力や最先端の知識(製品のリーダーシップ)で押してくるなら、自分はいかに顧客に寄り添うか(カスタマーインティマシー)で勝負すればいいのです。
普段、プロジェクトの現場にいるリーダーやエンジニアは、目前のプロジェクトに一生懸命になるあまり、自分たちは顧客に価値を提供しているのであり、その価値は「機能(ファンクション)」「コスト」「価格」、そして「競合」との関係性で成り立っていることを忘れてしまいがちです。
しかし、価値を実現する手段である技術を持つリーダーやエンジニアが、顧客が求める機能(ファンクション)を考え、競合との関係性を意識しながら、どのような「強み(差別化要因)」で押していくのかを戦略的に考えることができれば、それに勝るものはないのです。
まとめ
●「V=F/C」の価値の方程式を意識する。
●3つの価値基準から1つを選択し、仕組みを構築する。
●自らの強みを意識し、戦略のスイートスポットを狙う。
日経SYSTEMS/芝本秀徳(プロセスデザインエージェント)