ステークホルダーの利害をマネジメントする方法を解説するパートの第2回は、ステークホルダーの分類と、それぞれへの対処方法です。第7回で特定したステークホルダーにはいろいろな立場の関係者が含まれています。それを一律に同じ対応しても調整はうまくいきません。
ステークホルダーを特定したら、それらのステークホルダーがどのようなスタンスなのか、どの程度の影響力を持っているのかを分析します。このとき、便利なのが「ステークホルダーのグリッド」です(図1)。
ステークホルダーのグリッドは、横軸に「プロジェクトへの関心度」、縦軸に「ステークホルダーの権力」を取り、各ステークホルダーがどこに位置するかをマッピングするものです。ここでいう権力とは、単に役職が高いというわけではなく、発言力があったり、業務上の影響力が強い人も含まれます。
ステークホルダーのグリッドを使って分析することで、それぞれのステークホルダーがプロジェクトにどのように影響を与えるのか、どのステークホルダーの意見や関心を考慮するべきかを検討できます。4つの象限に分けて解説しましょう。
●第1象限:注意深くマネジメントする(権力:高、関心度:高)
最も「注意深くマネジメントする」必要があるのが、権力が大きく、プロジェクトへの関心が高い人たちです。経営者や業務部門のトップなどがこのエリアに位置することが多いでしょう。そもそもプロジェクトは経営者や業務部門のトップのニーズがあって立ち上がるものですから、関心度が高いのは当然ですし、予算執行やプロジェクト中止・継続の判断の権限を持っているのも、この人たちです。
この象限にマッピングされるステークホルダーには、プロジェクトの状況が見えずに不安にさせてしまうことがないよう、適切な情報を、適切なタイミングで展開したり、事後報告ではなく、事前に相談をするなど、注意深くマネジメントする必要があります。
●第2象限:満足な状態を保つ(権力:高、関心度:低)
権力が大きいものの、プロジェクトに大きな関心を持っていない人たちは「満足な状態を保つ」必要があります。このエリアに分類される人たちは、役職が高い、あるいは発言力がある人たちですが、プロジェクトの結果から大きな影響を受けない、もしくは、受けないと思っている人たちです。
本当に影響がなくて関心がないのであればいいのですが、業務プロセスの変革を伴う場合など、影響があるのに関心を持とうとしないケースもあります。その場合は、関心を持ってもらえるように働きかける必要があります。
●第3象限:監視する(権力:小、関心度:低)
権力が小さく、関心度も低いステークホルダーには、最小限の対応ですませることで他のステークホルダーに注力します。
●第4象限:常に情報を伝える(権力:低、関心度:高)
権力は大きくないものの、プロジェクトへの関心が強い人たちは「常に情報を伝える」対象となります。例えば、業務部門の現場メンバーがこのエリアに位置されます。プロジェクトが自分たちの仕事にどんな影響があるのかは、誰しも興味があります。情報が展開されないままだと、いらぬ不安を生み出すことになり、プロジェクトへのマイナスの影響が出てしまう可能性があります。
重要なステークホルダーとの関係を考える…
先のステークホルダーのグリッドでは、「権力・関心度」の軸でマッピングすることで、それぞれのステークホルダーが持つ影響が明らかになりました。これに加え、プロジェクトが成功するために欠かせないのが「必要な協力が得られるかどうか」です。
「コミットメント・支援の重要性」の2軸でマッピングし、さらに影響度の大きさを円の大きさで表現することにより、単純に影響度を知るだけではなく、どのような関係を築くべきなのかを考えることができます(図2)。これについても4つの象限で対処法を解説します。
●第1象限:完全参加(コミットメント:高、支援の重要性:高)
プロジェクトを成功させるためには、支援してもらうことが欠かせないステークホルダーで、プロジェクトに完全にコミットしている。この人たちには、今の支援を持続してもらえるような関係づくりをする必要があります。
●第2象限:良心的兵役忌避者(コミットメント:低、支援の重要性:高)
プロジェクトの成功のために非常に重要ですが、プロジェクトにコミットしていないステークホルダー。本来は第1象限にいてほしいステークホルダーですから、支援を引き出せるような働きかけが必要になります。
●第3象限:チアリーダー(コミットメント:高、支援の重要性:高)
プロジェクト成功のために支援は特に重要ではなく、コミットもしていないステークホルダー。そのため、積極的に働きかける必要はないが、ここにマッピングされている「C」のようなある程度の影響力を持つステークホルダーに、第2象限に移ってもらうことも検討できる可能性があります。
●第4象限:熱狂的支持者(コミットメント:高、支援の重要性:低)
プロジェクトにコミットしているが、支援の重要性は低いステークホルダー。積極的に支援を引き出す必要はないものの、今のまま支持を継続してもらえるよう、関係を維持する必要があります。
ステークホルダーの関心を知る
プロジェクトへの関心には、ポジティブなものと、ネガティブなものがあります。ポジティブなものは「よい成果を出してほしい」「結果を楽しみにしている」というものですが、ネガティブなものは「あまり関わりたくない」「やることを増やしてほしくない」といったものです。
ポジティブとネガティブ、どちらの関心であっても、ステークホルダーとの関係を構築し、うまくコミュニケーションを取るためには、それぞれのステークホルダーが何に関心があるのか、つまり、ステークホルダーの「気がかり」を知る必要があります。
ステークホルダーとうまく意思疎通ができないプロジェクトリーダーは、プロジェクトを前に進めることを意識するあまり、彼らの「気がかかり」に注意を払わないケースが多いのです。ステークホルダーが持つ「気がかり」には以下のようなものがあります。
(1)プロジェクトの進捗状況
プロジェクトについて多くの人が関心を持っているのが、「今どうなっているのか」でしょう。うまく進んでいるのか、この先の見通しはどうなのか。コストが超過する可能性はないのか、など。プロジェクトの実績と今後の見通しについては、ステークホルダーに周知されている必要があります。
(2)プロジェクトのビジネスへの影響
プロジェクトリーダーが意外に見落としがちなのが「ビジネスへの影響」への関心です。多くの場合、経営者は細かいQCD(品質、コスト、納期)については、あまり関心がありません。それよりも、そのプロジェクトがビジネスに対してどれくらいのインパクトを生み出せるのかが最も大きな関心なのです。
ビジネスへのインパクトが出せるのであれば、少々のコスト超過、納期の延期は構わない。逆に、ビジネスにインパクトが生み出せない、マイナスがあるなら、1円たりとも払いたくないというのが本音なのです。プロジェクトリーダーは、このことを意識して経営層、プロジェクトスポンサーとコミュニケーションを取る必要があります。
(3)プロジェクトの定常業務への影響
業務メンバーにとって、大きな関心の1つが「プロジェクトを進めるに当たって、自分たちはどれくらい時間を取られるのか」です。システム導入では、要求分析や要件定義、業務プロセスの定義などで、業務メンバーに時間を割いてもらう必要があります。しかし、彼らには普段の定常業務がありますから、できるだけ割く時間は少なくしたい、ムダな時間は割きたくないと思うのは当然のことです。
(4)プロジェクトの現行業務への影響
もう1つ、業務メンバーが不安に思っているのは「現行業務への影響」です。言い換えれば「業務がどう変わるのか」です。多くの場合、システムを導入する際には、業務プロセスの変更を伴います。しかし、業務メンバーからすれば「今のままで回っている」わけですから、わざわざ変える必要はありません。慣れた仕事の仕方が変わるのは、誰しも抵抗があります。
(5)プロジェクトが与える人事への影響
業務プロセスが変更されると、「自分の仕事がなくなるかもしれない」と考える人たちもいます。もちろん、システムが導入されればその分、人がやっていた仕事がなくなる可能性もあります。しかし、システム化される業務に今従事している人たちの協力がなければ、プロジェクトがうまくいかない可能性が高くなります。
日経SYSTEMS/芝本秀徳(プロセスデザインエージェント)