前回は目標設定理論を活用したモチベーションアップのポイントを紹介しました。今回は、モチベーション向上に必須の「自己効力感(セルフ・エフィカシー)」について解説します。設定された目標に対して前向きに取り組めるかどうかは、「自分はできる」と思えるかどうかに大きく左右されます。自分はできるという自分への信頼を「自己効力感」といいます。
困難な状況に直面したとき、自己効力感が高い人は困難な状況を克服しようと努力するでしょう。むしろ、困難な状況を楽しんだり、自分が成長できるチャンスと捉えたりするかもしれません。
しかし、自己効力感の低い人は「頑張ってもできないかもしれない」と考えて、努力する気力を失ってしまうのです。人は自分ができそうだと思えれば頑張れますが、できそうにないと思っていると積極的になれないのです。
プロジェクトリーダーを任されるような人は、この自己効力感が高い人が多い傾向にあります。そして、困難な状況を克服しようとしないメンバーの姿勢に対して「やる気が足りない」「向上心が足りない」などと判断してしまいがちです。
重ねて言いますが、メンバーのモチベーションを維持できるリーダーとなるには、「人はそれぞれ違う」ということを知る必要があります。自分なら「頑張ればなんとかなる」と思えることであっても、そうは思えない人もいるのです。
プロジェクトリーダーとして必要なのは、メンバーに「自分もできるかもしれない」と思ってもらうように、自己効力感の源泉に働きかけることです。自己効力感は、次の4つの源泉から生み出されるといわれています。
1)達成体験:自分自身で成功した、あるいは達成したという体験
2)代理体験:自分以外の誰かが達成している様子を観察して、自分にもできそうだと感じる体験
3)言語的説得:自分に能力があると言語的に説得されること
4)生理的情緒的高揚:酒などで気分が高揚すること。ただしこれは一時的なもので、すぐに消失してしまう
メンバーの自己効力感を高めるには、具体的なアプローチとして、以下のようなものが考えられるでしょう(図1)。
図1:リーダーが働きかけるべき自己効力感の源泉
スモールゴールを設定し、達成まで導く
達成体験を得るには、小さな成功を数多く経験することです。そのためには、小さな目標(スモールゴール)を設定し、1つずつ達成していくのが有効です。やる気ばかりが先行して空回りしがちなメンバーは、高過ぎるゴールを設定しがちですし、やる気のない人にも「これぐらいならできるかも」と思えるようなゴールを設定して、やる気を引き出すことが大切です。…
キャリアターゲットを設定する
憧れはモチベーションを維持するのに役立ちます。社内、社外にかかわらず、「あんな人になれたらいいな」「あれくらいできたらカッコイイな」と思えるようなターゲットを見つけると、「自分もああなりたい」と思えるチャンスが生まれます。
経験豊富なリーダーが、自分が若かった頃の失敗談や、どんな風に学んできたのかを語るのもいいでしょう。「あの人にもそんな時期があったんだ」と分かれば「自分にもできるかもしれない」と思えるからです。
強みや能力についてフィードバックする
根拠なく「君ならできる」と言われて、「じゃあ、やってみよう」と思うほど、人は単純ではありません。リーダーとしてメンバーにフィードバックするとき、「なぜ、できると思うのか」という理由を説明すると、「なるほど、もしかしたらできるのかもしれない」と思えるようになります。そのためには、普段からメンバー1人ひとりを観察し、強みや能力について把握しておく必要があります。
モチベーションを高める指導の3点セット
コンサルティングを引き受けたクライアント企業内で見かける「伸び悩んでいる」人に共通しているのは「やる気はある。でも、頑張り方が分からない」ということです。こういう人たちは、リーダーや上司から「これぐらいできるだろう。なんでやらないんだ」とハッパをかけられています。本人もやる気がないわけではありません。しかし、そのやる気を行動につなげられないでいるのです。
リーダーや上司も「やるべきことを伝えているし、きちんと指導している。でも、行動しない、変わらない」と言います。「なんとかできるようになってほしい」という思いはあるにもかかわらず、どう指導すればいいのか悩んでいるのです。
先に述べたように、モチベーションとは「個人が活力を高め、方向性を持ち、目標達成に向けて粘り強く努力するプロセス」であり、プロジェクトリーダーの役割は「メンバーの心理的な障壁を取り除き、意欲を引き出すこと」「本人の意欲とプロジェクトの方向性を一致させること」であり、そして何よりも大切なのは「行動の選択を助け、継続的な努力が可能な状況をつくり出すこと」です。
しかし多くの場合、「なぜ、ダメなのか」「どうすればよくなるのか」を説明できていません。これでは、行動を選択し、継続的な努力につなげられないのも無理はないのです。メンバーの「できない」という心理的な障壁を取り除き「どうすればできるのか」を示し、行動に移せる状況をつくり出すには「理論-方法-文脈」の3つのセットで指導します(図2)。
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図2 モチベーションを高める指導の3点セット[/caption]
理論(セオリー)とは「それは何なのか」「それはどんな構造をしているのか」を説明するものです。例えば、「マズローの欲求5段階説」や「目標設定理論」は、「モチベーションとは何か」「どのようなときにモチベーションは高く維持されるのか」について説明するものです。理論を知れば、モチベーションというつかみどころのないものが理解できるようになり、対象を理解して「なんだかよく分からない」という障壁を取り除くことができます。
方法(メソッド)とは、「どうすればできるのか」を教えてくれるものです。理論だけでは実行につなげられません。どうすればいいのかを具体的な行動、プロセスによって示すものがメソッドです。
また、メソッドには「観点」と「基準」が含まれている必要があります。「どのような点に注意すればいいのか(観点)」と「どうなっていればいいのか(基準)」を明確にすれば「なぜ、いいのか」「なぜ、ダメなのか」が理解できるからです。成果物をレビューするときなども、明確な観点と基準を持つことで、適切なフィードバックが可能になります。
文脈とは「理論と方法が、いつ、どんなときに有効か」に答えるものです。いくら理論と方法を知っていても、どんなときに使うべきなのかを知らなければ行動を選択できません。
また、どんな理論も万能ではありません。理論には必ず前提があります。先に触れた目標設定理論についても、いつでも高い目標が成果を生み出すわけではなく、マズローの「生理的欲求」「安全の欲求」が満たされていなければ、機能しません。
メンバーのモチベーションは、プロジェクトの成否を左右し、メンバー自身の人生の質にも大きく影響します。プロジェクトの成功とともに、メンバーの人生にも貢献できるという意味においても、モチベーションマネジメントは取り組む価値があるでしょう。
まとめ
●低次の欲求が満たされなければ、責任感や創造性は生まれない
●明確かつ、一定以上の難易度を持つ目標を設定する
●自分はできるという「自己効力感」がモチベーションを維持する
●理論-方法-文脈の3点セットで指導する