例えば、社内で新商品の開発を提案する場面を考えてみます。現場リーダーのあなたとしては、「このプロジェクトはぜひ進めるべきだ」「今のタイミングで新商品の開発に着手しなければ、先細りになってしまう」と考えているとします。
しかし、その思いを訴えるだけでは、経営陣は動きません。メリットを訴えても、データを示して説得しようとしても、結局は自分がやりたいから言っているのではないかと思われる可能性すらあります。
これは、買い物をするときの自分に照らし合わせると分かりやすいでしょう。お店に行って「この商品はいいですよ」「今買わなければ、いつ入るか分かりません」と言われたら、「本当かな?」「うまいこと言っているだけじゃないのか?」と疑ってしまいます。しかし、一緒に買い物に行っている友人が「これいいね」「後で欲しくなったら後悔するよ」「少なくとも値段分の価値はありそうだね」などと言えば、「そうかな」「じゃ、買ってみるかな」と思ってしまうものです。
ビジネスの場面でも、人間の心理は同じように働きます。企画であっても、状況の報告であっても、その当事者が言うことは、聞く側にとってあまり信用できるものではありません。特に経営層はリスクに敏感です。経営層を動かすためには、自分以外の誰かに、第三者的に意見を言ってもらうようにします。“クチコミ”と同じ働きをするわけです(図6)。
つまり、考えるべきは「誰に言ってもらうか」です。経営者が耳を傾けるのは誰でしょうか?新商品開発の例でいえば、営業部門のマネジャーかもしれません。営業は実際に顧客との接点を持っていますし、数字ノルマというリスクを背負った発言になるので、経営者からすれば信頼性があると考えられるからです。
また、大きな権限を持っている人には、多くの場合「懐刀」「番頭」の役割を担っている人がいます。「この人が言うことであればスムーズに事が進む」というような人です。この懐刀から進言してもらえば、持っていきたい方向に進められる可能性が高まります。
現場リーダーからすれば、正面突破しようとしてダメなら「理解してくれない相手が悪い」「こんなに説明しているのに、なぜ理解できないんだ」「技術のことも知らないくせに」と思いたくなるでしょう。
しかし、物事は正面突破で進む場合のほうが少ないのです。時には「こいつには頼りたくないな」という相手に頼む必要もあるでしょう。それでも、成果を出すのが現場リーダーの仕事ですから、グッとのみ込むしかありません。そんな現場リーダーの姿を見れば、チームメンバーも「◯◯さんが、あそこまでやってくれている」という気持ちになるものです。
現場リーダーがプロジェクトを前に進める中では、社内であっても、クライアントであっても、経営層と話をする機会が多くなってきます。このとき、現場と経営者の視点の違いを理解しておくことが大事です。その違いが最も顕著に表れるのが「リスクの捉え方」です。
経営層は日々、ビジネスと向き合っています。会社を継続できるかどうか、従業員をどうやって食わせていくか、株主とどう向き合うか、短期的な業績、中長期的な成長など、さまざまなことを考えてビジネス環境を整えていかなくてはなりません。
一方、現場リーダーやエンジニアもビジネスに取り組んでいますが、日々のプロジェクト現場では、いかに作業を前に進めるかがメーンになってきます。この立場の違いがリスクの見方の違いとなって現れます。
経営層は「外部リスク(顧客、他社、市場などに存在するリスク)」を大きく捉え、内部リスク(自社のオペレーション、リソースなどに関するリスク)」を小さく捉える傾向があります。逆に、プロジェクトに携わる現場リーダーは、外部リスクがあまり見えず、内部リスクを大きく見る傾向があります。
新しいプロジェクトを始めたり、新たなクライアントとの取引を開始したりするときは、その機会やリスクについて経営層に説明する必要があります。このとき、多くの現場リーダーが経営層から突っ込まれがちなのが「リスク認識の甘さ」です。機会の説明ばかりしてしまい、リスクについての説明を忘れてしまいます。リスクを考慮できていないケースのほうが多いのです。
当然、経営層から見れば「あぶなっかしい」と映ります。「リスクはないのか」「こんなケースの場合はどう対処するのか」など、ツッコミが入ります。現場リーダーがこのとき決して使ってはいけないNG ワードがあります。それは「分かっています」「これからやろうと考えていたところです」などです。こうした言葉こそが、経営層からすれば「分かっていない」となるのです。
現場リーダーからすれば「現場を一番知っているのは自分だ」という思いがあります。「そんなことは言われなくても分かっている」と言いたくなるのも無理はありません。しかし、そもそもリスクに対する見方が異なるのです。現場リーダーが十分に「分かっている」と思っていても、経営層はよりシビアに考えていることが多いのです(図7)。
経営者との接し方
私自身、ITベンダーで現場リーダーとなって間もないころ、経営層から突っ込まれて焦った経験があります。
長い付き合いのある顧客から、要件がまだ定まっていない段階で「前もって予算を確保する必要があるので、早急に見積もりを出してほしい」という依頼がありました。品質に関してもそれほどクリティカルなシステムではなく、「急いでいるので、まずは動くものを早く作ってほしい。万が一トラブルで停止しても大きなトラブルにはならない」というのが顧客からの話でした。現場リーダーの自分としては、付き合いの長い顧客でしたし、リスクは小さいだろうと判断していたのです。
それでも、要求が膨らむ可能性は十分にあるので、ある程度の余裕を見込んで見積もりを算出しました。その見積もりで経営層の承認を取ろうとしたのですが、開口一番「本当にこの金額でできるのか?リスクはないのか?赤字になる可能性は?」と矢継ぎ早に尋ねられました。
「リスクを見込んで余裕は持っています」と答えると「その余裕の範囲に収まる保証はどこにあるんだ?」「システムが停止したときはどうなる?賠償問題になるんじゃないのか?」など、次々に質問が飛んできます。「万が一停止しても問題にはならないと担当のお客さまは言っています」と説明すると、「それはいざとなったら分からんだろう!」「仕様も後で想定以上に膨らまないという保証はどこにあるんだ!」と怒号が飛んできました。
現場リーダーの自分としては、それまでも要求が膨らみそうになれば「それは当初の要求に入っていないですよね」「ここまでは対応できますが、これ以上は予算を別途確保してください」とシビアに交渉していました。そのため仮に問題が起きても「なんとかなる」という自信はあったのです。
しかし、経営者からすれば「それが甘い」のです。システムの発注時には、顧客は金額をできるだけ下げたいので、要求をゆるく提示し、開発が進むにつれて要求度が高くなるのもよくあること。万が一システムが停止したら、担当者が今と同じように「問題ない」と言ってくれるとは限りません。もちろんその点については、契約時に明確にするつもりでしたが、私の受け答えがリスクを十分に認識していないと見られたのです。
このとき、現場リーダーが取るべき態度は「その点は抜かりありません」「分かっています」と答えることではありません。そんなことをしても「じゃあ、この点は考えているのか?」と別のポイントを突かれるだけです。経営層は「もっとシビアに考えろ」と暗に伝えたいのですから、なんとかアラを見つけてそれを理解させようとするわけです。
この場面で現場リーダーに必要なのは「なるほど、そこは注意しなければならないですね。ありがとうございます」と経営層の懸念をいったん受け止めることです。その上で、「このような対策も考えているのですが、他に考えられる対処はありますか?」と事前に考えてきた対策を提示します。経営層は安心したいわけです。そのためにはリスクと向き合う姿勢を見せることが必要なのです。
ここまで政治のプロセス、キーパーソンの押さえ方、懐刀へのアプローチ、そして経営者との接し方について解説してきました。いずれも現場リーダーからすれば、面倒で、余計な手続きに思えるかもしれません。しかし、会社や組織が「人間の集まり」である以上、物事を前に進めるためには「人間的な対応=政治」が必要となります。成果を生み出すリーダーは、この政治は必要なものだと割り切って取り組みます。自分の政治力が弱ければ、一生懸命にプロジェクトを前に進めているメンバーが報われないことを知っているからです。
まとめ●政治から逃げては成果を生み出せない。
●パワーと影響力を行使して物事を進める実行プロセスが重要。
●組織の力学を理解し、キーパーソン、懐刀を押さえる。