プロ野球のトレード事例から、中途採用を成功させるポイントを学ぶシリーズ。まずは、阪神タイガースの2003年、2005年優勝の立役者で、2016年シーズンからは一軍作戦兼バッテリーコーチを務める矢野燿大(あきひろ)氏にスポットを当てる。
中途採用のポイントは、過去の実績を評価し自社で活躍できるかどうかを見極めることにある。
新卒採用は、戦力になるまである程度の期間を要する。その間にも給与を支払う必要があり、資金面の余力が少ない中小企業にとってはハードルが高い。さらに能力については無限の可能性を秘めるが、使い物にならないリスクも存在する。それに対して中途採用は即戦力。前職の実績から実力を推し量ることができるぶん、リスクを抑えた採用ができる。
もちろん、中途採用の現実は甘いものではない。採用後すぐに離職したり、期待した成果を残してくれなかったりするケースも多い。
中途採用成功のポイントはプロ野球に学ぶべし
そこで参考にしたいのがプロ野球の移籍の事例だ。そこから、中途採用で失敗しない極意を学び取ろう。
なぜ、プロ野球の移籍が中途採用の参考になるのか? それはプロ野球が完全な実力主義だからだ。成績を残せなければ翌年はクビ。逆に成績を上げれば、高卒だとしても松坂大輔選手や大谷翔平選手のように、3年目で1億円プレーヤーにもなれる。
ビジネスの世界も基本的には実力主義ではあるが、雇用や給与などの処遇面を見れば、その厳しさはプロ野球界に遠く及ばない。しかし、市場競争が激しさを増す昨今、ビジネスの世界も実力主義・成果主義の傾向がさらに強くなりつつある。先を行く実力主義社会であるプロ野球の世界が参考になるだろう。
今回は、特に「トレード」の事例を中心に取り上げる。プロ野球における“中途採用”としては、1軍で7シーズン以上過ごした選手に与えられる「フリーエージェント(FA)宣言」もある。こちらは制度上、スター選手がより好条件を求めて移籍するケースが多く見られる。
一方、トレードは、球団として必要な選手、不要な選手を選別し、他球団と交換し相互補完する制度である。ベテランから若手、実績を残している選手から将来が期待される選手まで、その対象は幅広い。一般的な中途採用と近い立場にあるのは、トレード移籍だといえるだろう。
トレードといえばこのチーム? 阪神タイガースの例に学ぶ
本連載では、関西の人気球団・阪神タイガースをトレードにスポットを当てる。阪神はこれまでファンがあっと驚くトレードで世間の注目を集めてきたからだ。…
かつて、「世紀のトレード」と呼ばれた大トレードがあった。1963年に行われた、阪神タイガースのエース・小山正明選手と、大毎オリオンズ(現・千葉ロッテマリーンズ)の4番打者・山内一弘選手のトレードだ。
実績・実力とも申し分のない両者に、双方の球団は大いに期待を寄せた。小山選手は移籍後初年度、30勝(最多勝)、防御率2.47(リーグ3位)という好成績を上げ、4位に沈んだ大毎の中で獅子奮迅の活躍を見せた。
阪神にやってきた山内選手も、打率.257、本塁打31本、打点94(リーグ3位)という成績で、チームの優勝に貢献した。この結果から見ると、双方に成果があり、成功したトレードだったといえそうだ。
この世紀のトレードに続いて世間を震撼(しんかん)させたのが1975年、阪神タイガースの江夏豊選手と南海ホークス(現・福岡ソフトバンクホークス)・江本孟紀選手の両エースに、他選手を加えた2対4の交換トレードだ。
南海へ移籍した江夏選手は、移籍後初年度こそ6勝12敗9セーブに終わったが、翌年は19セーブでセーブ王を獲得した。先発完投型からリリーフエースへの見事な転身を果たしたのである。一方、阪神に来た江本選手は、移籍初年度に自己最多の登板数、先発数、勝率となる15勝9敗の成績を残した。
大型トレード直後のシーズンには両チームとも2位と一定の成果を上げたが、その後タイガースは1984年まで、ホークスは1998年までの長きに渡り、優勝から遠ざかる低迷期を迎えることになる。
中日でくすぶっていた矢野が阪神で活躍できた理由
1985年に1年だけリーグ優勝と日本シリーズ優勝を果たした阪神だが、それ以降は長らく低迷を続けていた。それが一転したのは2003年。見事リーグ優勝を成し遂げた。さらに2005年にもリーグ優勝を果たした。
この2003年、2005年の優勝を支えたのが、1998年にトレードによって中日から加入していた矢野燿大氏だ。
矢野氏は2010年に引退するまで、ベストナイン3回、ゴールデンクラブ賞2回、日本シリーズ敢闘選手賞1回、最優秀バッテリー賞2回と華々しい実績を残した。しかし、移籍前7年間所属していた中日ドラゴンズでは控えに甘んじ、通算安打数も169本にすぎなかった。
移籍後、矢野氏はすぐに正捕手の座を獲得。翌年には規定打席に達し、初の打率3割を記録した。これは、阪神タイガースの捕手としては、1979年の若菜嘉晴選手(打率.301)以来20年ぶりの快挙となった。そして引退するまでの13年間、“打てる捕手”として、チームに貢献し続けた。
矢野氏が新天地で活躍できた大きな要因は、正捕手に抜てきされたことである。矢野は、中日時代を振り返り、次のように語っている。
「2つ上に中村武志(中日の捕手)さんがいて、その存在が大き過ぎました。正直、中村さんに勝てるとは思えませんでした」
しかし、同期が4年目にクビになったことが契機になった。「自分が辞めるときに後悔だけはしたくない。やれるだけのことはしよう」と考え、「それまではどちらかというとやらされている感じでしたが、自分からやるようになった」のだという。
中日ではチーム事情により捕手以外を守ることもあった矢野氏だが、正捕手のポジションを確保した阪神タイガースでメキメキと頭角を現し、リーグを代表する名捕手へと成長していった。
採用に、考え方と行動力の確認プロセスを組み込む
中途採用は、基本的には即戦力、実力重視の採用だ。しかし、いくら実力はあっても今後の成長はあまり望めないベテランよりも、できれば、成長し続けてくれる可能性がある若き精鋭を採用したいという意識もある。矢野氏の例は、理想的な中途採用といえる。
矢野氏の例に見る理想的な中途採用とは、諸事情により前職では活躍の場が少なかったとしても、「やれることは全部」やり、しかもそれを「やらされるのではなく、自分からやる」人材を採用するということだ。
つまり前職で目を見張るような輝かしい実績がなかったとしても、やるべきことを自主的にコツコツと続けた人材を見つけて、採用後、チャンスを与えることによって、飛躍させるのが中途採用を成功させるポイントになる。
矢野氏のようなふ化寸前の金の卵を採用するためには、「前職では、毎年売上○○%増を達成しました」「大手企業で○○を手がけました」といった、数字や自己アピールに惑わされるべきではない。結果を残すために、本人がどういう考え方で、具体的に何をしてきたのか。これまでの職場環境での経験や仕事に対する考え方を、本人の言葉でしっかりと確認することだ。この点を、書類選考や面接過程に組み込み、中途採用に臨むことをお勧めしたい。