2015年夏、1冊の本がサラリーマンの間で話題になりました。その1冊とは『切り捨てSONY リストラ部屋は何を奪ったか』。著者は巨人軍の球団代表を解任された経歴を持つ清武英利氏で、衝撃的なタイトルとともに話題性十分。しかしその内容もまた、多くのビジネスマンに衝撃を与えるものでした。
「自由闊達なる理想工場」を目指して世界を席巻したソニーですが、1999年から都合6度、目標削減数は計8万人という空前の規模のリストラを行います。大企業勤めでも安泰でないという現実を、多くのサラリーマンが目の当たりにしたことでしょう。
業績不振に陥った企業は多くの場合、コストの見直しのため人件費を削減しようとします。バブル崩壊後の“失われた20年”の間に、何社もの有名企業が大規模な人員削減を行い、その度に「リストラで●●●人を削減」というタイトルの記事が新聞や雑誌に掲載されました。そのような経緯を経て現在では、リストラ=人件費削減というイメージが社会全体にすっかり定着してしまったように思えます。
しかし本来のリストラの意味は、人件費の削減ではありません。リストラとはリストラクチャリングの略称で、原義は「再構築」です。人件費の削減が最終目的ではなく、何かを無くし、何かを新しく作ることで会社をモデルチェンジする、というのが本来の意味なのです。
決算書の肝となる「経常利益」の数値は、「限界利益(売上高-変動費)-固定費」という計算式から算出されます。変動費とは売上に比例して増減し、固定費は売上の大きさに関係なく常に一定の額だけかかるものです。
売上が落ち込んだ企業の経営者は一般的に、固定費を抑えることで利益幅を確保しようとします。そして多くの場合、固定費のなかで最も多くのウエートを占めているのが人件費です。人件費を削ることは、決算書の見栄えをよくするためにもっとも分かりやすく、簡単な手法なのです。
しかし決算書は、あくまで当該年度の経営状態を記載したものに過ぎません。地道に育てた人材を放出することは、会社にダメージを与えます。倒産寸前というわけでもないのに、経営陣はなぜ目の前の決算書を重視するのでしょうか? …
その答えは、「経営モデルの変化」にあります。かつて日本の経済成長の原動力とされ高く評価された日本型経営は、右肩上がりの経済成長を前提に、長期的視点から会社の価値を高めようとするものでした。しかしバブル崩壊でその神話が崩壊すると、その弊害部分が大きくクローズアップされるようになります。
それに取って代わったのが「グローバルスタンダード」として世界を席巻するに至った米国型経営。「コーポレートガバナンス(企業統治)」「株主価値の重視」「成果主義」が声高に叫ばれ、変化の激しい時代に対応できるよう、経営はもっと短期的視点から見なければいけないという風潮に変わります。
程度の差こそあるものの、実際に多くの企業が米国型経営に舵を切りました。この結果、手っ取り早く成果を出すため、人件費の削減が各社でクローズアップされました。ソニーが泥沼のリストラへと突き進んでいった背景には、このような時代の流れがあったのです。
そして上場企業が株主からの視線にさらされたのと同様に、中小企業は資金調達先の金融機関からの圧力を受けることになりました。金融機関は、債務者がローンを返済できなくなる割合を示す、融資の「デフォルト率」の上昇を受け、取引相手の信用リスクを反映させた融資金利の設定を行うようになりました。
こうした結果、企業規模の大小を問わず、経営者はいかに見栄えの良い決算書を作るかということに注力せざるを得なくなったのです。そして、本来は事業の再構築を意味するリストラが、業績回復のもっとも分かりやすい手段である人員削減や人件費削減と同一視されるようになってしまいました。
競争優位性がある事業に集中した米GE
リストラの本来の意味である事業の再構築に取り組んだ代表例が、米国を代表する大企業、ゼネラル・エレクトリック(GE)です。
GEといえば、航空機エンジンから、医療機器、そして金融事業まで幅広い事業を展開する歴史ある名門企業です。このGEのリストラを果敢に行った人物が、かつて「フォーチューン」誌が「20世紀最高の経営者」に選んだジャック・ウェルチです。
彼がGEのCEOに就任する前の10年間、GEは売上高成長率11.2%、税引利益成長率12.8%と高成長を保っており、リストラとは無縁の優良企業でした。しかし、それでも事業の再構築を強力に進めます。「ナンバー1・ナンバー2戦略」を掲げ、今後のGEが取り組むべき事業分野として、伝統的な中核事業、ハイテク、サービスの3分野を示しました。同時に、これらに該当しない事業や今後1位、2位になる見込みのない事業は撤退ないし売却するという、大規模な企業の再構築を断行しました。
こうした経営方針は、現在にも引き継がれており、2015年には、以前の稼ぎ頭であった金融事業から事実上の撤退することが発表されました。
GEグループで金融部門を担う子会社、GEキャピタルは、資産規模でみると米国7位の巨大金融機関であり、金融事業は2003年に全社の営業利益の56%に達していました。しかしリーマン・ショック後に状況は一変し、2009年には70年ぶりの減配に追い込まれるとともに、最上級の格付けも失ってしまいました。撤退の裏には、世界的に金融規制の強化の動きがあり、規制に対するコスト増への懸念があったともいわれていますが、経営危機に陥っていたわけではありません。
金融事業から撤退を発表した時点では、いまだ、会社の利益の半分を同事業に依存していました。それにもかかわらず、GEは航空機エンジンやタービンに注力することで、製造業回帰を鮮明にしました。「競争優位性がある領域に力を集結する。もっとシンプルな製造業をめざす」ことこそ、GEが目指すリストラなのです。
1000億円以上の利益を出す事業もリストラ対象
もう1つ良いリストラの例でしばしば引き合いに出されるのが、同じく米国のデュポンです。1802年に火薬メーカーとして出発したデュポンは、1920年代に脱火薬事業をなしとげ、女性用ストッキングなどの素材であるナイロンや、焦げつきにくい鍋やフライパンでお馴染みのテフロンを開発。化学事業によりグローバル企業へと転身し、現在も業界で世界第3位の地位を築いています。
そして現在は、農業やバイオに的を絞った「サイエンスカンパニー」への脱皮を目指しています。その戦略に沿って、デュポンは積極的なM&A(合併・買収)などで新技術を取り込む一方、従来の化学関連事業の分社化・売却を続けています。「売上高が全社の半分」「営業利益は1000億円」といった基幹事業や優良事業すら手放すこともいとわない覚悟でリストラを進めています。
将来への展望なき人員削減は、成長の可能性を摘み取る
GEやデュポンのケースでも、事業を再構築するに当たって人員削減が行われなかったわけではありません。しかし、そこにはどの事業を切り捨て、どの事業に戦力を集中していくのかという、長期的な戦略があったことに着目すべきです。
経費を削減するために人件費の圧縮、人員の削減を行いながらも、低迷する事業を温存したままでは、一時的な決算書の改善は果たせても、本当の意味での業績向上は期待できません。バブルの頃、日本企業は「もはやアメリカの経営に学ぶべきものはない」とまで息巻いていました。その後、日本は日本的経営を自己否定し、形ばかりの米国流経営を大上段に振りかざすようになっています。
人件費の削減だけのリストラは企業の将来性を奪い取ってしまいかねません。短期的に決算書の見栄えがよくなるリストラではなく、長期的に成長するためのリストラを考える必要があるのではないでしょうか。