トヨタは「ジャスト・イン・タイム」「かんばん方式」など、生産現場においてムダを徹底的に排除しようという思想に基づいてものづくりの合理性を追い求めています。こうしたトヨタの姿勢は、日本のものづくりの理想的な1つの姿として称賛されています。
しかし、トヨタの本当のすごさは生産性ではなく、経費に対する考え方にあります。トヨタの経費に対する考え方、それはトヨタの研究開発に対する意気込みそのものです。
ものづくりより研究開発のほうが即効性がある
2016年1月、企業経営者らが挨拶を交わす賀詞交歓会が相次いで開かれました。企業や団体のトップが年頭の挨拶を行い、2016年の景気の見通しなどについて語るのが恒例です。その中でトヨタ自動車の豊田章男社長の発言はとても印象的でした。
「需要が伸びない以上、生産能力の増強を目的とした投資は難しい。研究開発への投資のほうが即効性がある」
日本のものづくりを支えるトヨタ自動車のトップとしては、すぐに納得できる発言ではありません。生産の拡大、設備投資の拡大について触れるほかの経営者と、豊田社長の発言はあまりに対照的なものでした。
トヨタ自動車といえば世界最大規模の自動車メーカーであり、日本を代表する企業です。同社の2015年末の発表では、2015年のグループ世界販売台数の見通しは1009万8000台。フォルクスワーゲンが1月に発表した同年のグループ世界販売台数は993万600台となっており、トヨタ自動車は販売台数、世界トップの自動車メーカーであるといえます。
そんなトヨタ自動車が、「設備投資よりも研究開発のほうが即効性がある」と認識しているのは、どういう理由からなのでしょうか?
ものづくりの世界の外から見た「研究開発」の価値…
一般的に研究開発は、すぐに企業の収益に結びつくものではありません。製薬会社が行う新薬の開発の成功率は、1つの医薬品の候補物質を発見してから、1万分の1以下といわれます。創薬期間は最低でも10年、開発がスムーズに進まなければ、20年近くかかることもあります。研究開発とは10年先、20年先にようやく成果が出る投資です。
もちろん、トヨタが研究開発に注力すること自体を否定するわけではありません。これからの自動車業界は、自動運転技術が大きなテーマとなってきています。そのためIT企業が自動車産業に進出し、これまでの自動車製造の概念がそっくり入れ替わってしまう可能性もあります。ですから、自動運転に関連する研究開発が自動車メーカーの将来に大きく関わることは理解できます。さらに燃料電池車など、ガソリン車に代わる動力への開発投資も欠かせません。
とはいえ、自動運転の実用化には法整備も含め、まだまだ多くの課題が残されています。燃料電池車の普及もそれなりの時間が必要です。「研究開発に即効性がある」といわれても、簡単には理解しがたいものがあります。
ですが、ものづくりという観点から一度離れ、会計・税務の視点から考えると、研究開発に即効性があるといえる理由は確かにあります。それは、税制上の研究開発費の扱いです。研究開発には大きな節税効果があり、利益確保の1つの手法なのです。
研究開発税制は、「試験研究費の総額に係る税額控除制度」「中小企業技術基盤強化税制」「特別試験研究に係る税額控除制度」および「試験研究費の額が増加した場合等の税額控除制度」の4つの制度によって構成されています。これらの税制をフルに利用すれば、かなりの節税効果が毎年、期待できます。本来は即効性のない将来に向けた研究開発費であるにもかかわらず、「即効性がある」と発言した理由はここにあると考えられます。
経費を制する者は製造業を制す
トヨタ自動車は優れた製品を世に送り出している点でも、間違いなくトップレベルの製造業です。トヨタ自動車の強さを語るとき、ものづくりに焦点が当たるのは当然です。しかし会計、税務制度を熟知し、それらを最大限に利用しているという点においても、圧倒的な強さがあります。
2014年3月期の決算会見で同社の豊田章男社長から、「日本においても税金を納めることができる状態となった」という発言がありました。これについて、メディアはリーマンショックから立ち直る製造業の象徴のように、同社の業績回復をたたえました。しかし、一方でトヨタは、2008年度から2012年度の5年間、黒字の年度も含めて法人税(国税分)を1円も払っていなかったという事実もクローズアップされました。
トヨタが黒字でも法人税を払わずに済んだ理由としては、研究開発税制の活用が挙げられます。例えば、ある報道によれば、日本の全企業の法人税における研究開発減税額の合計は2013年度6240億円でした。そのうちトヨタ自動車が総額の約2割におよぶ1201億円という、最多の減税を受けていたといいます。
こうした税制の活用は研究開発に限りません。トヨタ自動車をはじめとする輸出で稼ぐ大企業には、輸出還付金制度という制度が適用されます。これは俗に「輸出戻し税」と呼ばれています。輸出品には消費税はかからないため、国内消費税が還付される仕組みです。少々古い資料ではありますが、2006年度にトヨタ自動車は2869億円もの輸出戻し税を受け取っています。
こうした会計処理は、もちろん、合法的なものであり、決して脱税ではありません。しかし、日本を代表する大企業も、税制度による負担軽減をフルに活用しているということは覚えておくべきです。
税制度は誰にも公平で、透明であるべきです。ただ、誰もが税制度をすみずみまで正しく認識し対処しているかというとそうでもありません。経営者の役割は、売り上げの拡大だけではありません。せっかくの売り上げを、最も会社や従業員のためになるように会計、税務処理するかも大切です。使える控除制度を見逃すなどもってのほかです。「経費を制する者が製造業を制する」、そして、「税制を制する者がビジネスを制する」といった気持ちで、税務・会計制度の活用を考えてください。