マスコミなどで、「日本の法人税は高い」という話がしばしば出てきます。日本で法人の所得に対し課税される税金は、国税である法人税、地方税である法人住民税、そして法人事業税の3つですが、これを合計した法定正味税率は、2016年度は31.33%(標準税率)です。これを見ると国際的にもかなり高い水準です。
しかし、「法人税が高い」という認識は、実情とかけ離れていることをご存じですか。日本を代表するような大企業であっても、個別の企業の利益に対する実際の納税額の負担割合である「実効税負担率」は、著しく低いのです。現在の日本の法人税の負担は、企業によって著しい格差が存在しており、法人税制の仕組みそのものに問題があるといえます。
大企業の「欠損金の繰越控除」は制限されたが、中小企業は対象外
そうした状況を受けてか、大企業の税制優遇措置を縮小する動きが出てきました。その1つが「欠損金の繰越控除」の制限です。
欠損金の繰越控除とは、青色申告書を提出した事業年度において欠損金(税務上の赤字)が生じた場合に、その事業年度の後の事業年度以降に繰り越して、後の事業年度の所得から欠損金を控除することで、法人税の負担を軽減できるという制度です。
欠損金の繰越控除について、大企業に対しては控除の内容に制限が加えられました(控除限度が80%→65%に変更、2017年度からはさらに50%へ)。今後は中小企業にも制限が拡大される可能性はありますが、まずは大企業のみの措置です。(中小企業の控除限度は100%)
今回は、知っておいて損のない、中小企業における繰越欠損金の有効な活用法を紹介します。
●赤字を黒字で相殺して税負担を軽くする…
欠損金の繰越控除について、簡単に説明しましたが具体的な例でもう一度、解説します。例えばある会社が、前々期は600万円の赤字、前期も600万円の赤字、そして今期は、一転して1000 万円の黒字となったと仮定します。
この場合、当期の黒字1000万円を、過去2期の赤字 1200万円と相殺できるというのが、欠損金の繰越控除という仕組みです。これにより、当期の黒字は 1000 万円から0になり法人税、住民税、事業税(所得課税)はかかりません。(住民税の均等割は必要です)
さらに赤字 1200万円から黒字 1000 万円を差し引いた 200万円も翌期に繰り越して相殺することができるのです。つまり、翌期に200万円の黒字が出ても、繰越欠損金200万円と相殺することで、黒字は0円となり、税負担を軽くすることができます。
●法人税の負担を抑えつつ、個人の税負担も抑える方法
この制度の上手な活用法を、資本金 1000 万円のA株式会社のケースをモデルに紹介します。
A社は設立から毎年黒字計上していましたが、前々期500万円の欠損、そして前期500万円の欠損となりました。なおA社は、運転資金として代表取締役Bより1000万円を借り入れしています(前期末残高)。代表取締役Bは1500万円の役員報酬を前期まで毎年得ていました。
そこで、極端な例ですが、Bの役員報酬を0円にしてみます。これによりBは所得税の負担がなくなり、翌年の住民税も少なくなります。その代わりに、社長が会社に貸し付けている運転資金1000万円を、役員報酬の代わりとして返済してもらうのです。役員報酬には所得税のほかに住民税が課税されますが、借入金の返済は“貸したお金が戻ってくる”ことにすぎないので、税金は当然かかりません。
そして当期で業績を回復し、1000万円の黒字を出せば、前2期分の繰越欠損金1000万円と当期の黒字を相殺し、黒字を0円とすることができます。当期の法人税の負担がなくなるばかりか、社長個人の税負担も節税できるのです。
そもそも利益が出る見込みがないと繰越控除は意味がない
このスキームでは、欠損金の繰越控除を限られた期間にいかに利用するかがポイントです。役員報酬を取らないというのは極端な例ですが、含み益のある会社の資産を当期に売却して利益を計上し、過去の赤字と相殺するといった方法も考えられます。
これまでは中小法人は、発生した欠損金を、欠損金が発生した事業年度の次の年度以降9年間控除することが可能でした。そして平成27年度税制改正で、平成29年度以降に開始する事業年度において生じた欠損金については、繰越期間を10年に延長されました。欠損金の繰越控除はうまく利用することで大きな節税効果が期待できる制度ですが、このように期限があるので、期限切れにならないうちにうまく利用する必要があります。
最も肝心なことは、一時期赤字になっていても、立て直して、しっかりと利益を出す経営を行うことです。損失ばかりが膨らんでしまっては企業は立ちゆかなくなります。利益が出てこそ、繰越控除という選択肢が選択できるのです。その意味では、苦境を脱して、経営を立て直したご褒美といえる制度かもしれません。