それがだんだんできるようになってくると、今度は商品としての扱いの難しさも出てくる。ユーザーにとっては「LITシステム」ってとても使いやすいものですが、例えば展示する店側にとってはPITシステムの紙でというような手軽さはない。だから、システムとしての販売の仕方が全然違ってくる。
木村:そうです。できることはほぼ一緒。ただし「LITシステム」のほうが種類も多いし、少し性格も違って、こういう分野なら使えるよねということが分かってきた。
最初にこれを使ったのは子ども向けのイベントでした。光っているということは、すごく分かりやすいんですね。子どもやお年寄りにもすぐに認識してもらえる。そして、「その光にiPhoneを当ててみて」と言うだけでいい。枠に入れるとかそんなこともなくて、ただかざすだけ。
だから今後は、用途をもっと広げていきます。イベントや商品展示だけではなく、例えば車内のルームライト。光っているものはたくさんあるので、そういうものとどう連動させていくのか、その可能性を探るのが楽しいですよね。
斎藤:なるほど、まさに木村さんらしい発想法ですよね。ところでせっかくなのでPITシステムについても少し教えてください。
木村:このPITシステムは創業時からずっと研究開発してきました。電気を通す導電インクを使って印刷した紙とスマートフォンやタブレットを連動させる仕組みです。最初は紙ではなくプラスチックで、導電インクも使わずに始めて、研究開発を進めていくうちにインクと紙にたどりついた。
斎藤:そうすると、手軽に印刷物と連動することができるようになると。
木村:まさにそうです。雑誌や書籍やポスターなど、いろいろな分野に簡単に広がります。ですからプラスチックはやめて、紙に特化して開発を進めていきました。
斎藤:最初にこの仕組みを取り入れたのは何だったのですか?
木村:2011年3月に、岐阜県の水族館で実証実験をしました。紙を水族館の水槽10カ所に設置。紙にスマートフォンをかざすと、その水槽にいる魚に関するコンテンツが表示されるというものでした。
実は、この2011年当時、お客さんへのアンケートでは、95%がガラケーのユーザーで、スマートフォンは5%しかいませんでした。最初からスマートフォンユーザーが少ないことは分かっていたので、iPhoneを貸し出すかたちで実証実験を毎週土日、1カ月ぐらいやりました。
表示されるコンテンツは文字や写真だけでなくて、紙に当てるとまずクイズが出てきて、それに正解すると映像が見られる、そういう仕掛けでした。メダカの水槽ではメダカの産卵シーンが見えるとか、カエルが餌に食い付くシーンとか、水族館が持っている秘蔵動画を入れて、かなり好評でした。
子どもの心はつかんだけれど
斎藤:トラブルなどはなかったのでしょうか?
木村:10カ所ですから誤認識もありません。アンケートには、子どもがこればかりやりたがるから何周もさせられたとか(笑)、基本的にはすごくポジティブなコメントをいただきました。これで自信はついたんですが、ただ販売となるとなかなか苦労しました。この頃は大量印刷ができず値段が高く、まだまだ課題もあった。だから小さな案件はいくつかありましたが、なかなか大口のものはなかった。
斎藤:では、初めての大きな案件というと?
木村:2013年に「SWITCH」という雑誌で、大塚製薬のポカリスエットの広告を展開するのにPITシステムを使いたいという話をいただきました。広告代理店、大塚製薬の方々、そして我々でチームを組んで、かなり大々的な広告になりました。2014年に(世界的な広告のアワードである)カンヌライオンズのメディア部門でブロンズ賞をいただいて、そこからPITシステムの注目度が一気に高まりました。
斎藤:先ほど印刷技術のところで課題があるということでしたが、それはどのようにしてクリアしたんですか。
木村:我々が工場を持っているわけではありませんから、ある印刷会社とチームを組んで研究費を投じて、2年、3年と時間をかけて開発を進めてきました。特殊なインクを使いますから、粘性が肝になる。インクが厚すぎてどろどろになっても、薄すぎてもダメです。導電インクには中に銀が含まれているので、分量によって価格が大きく変わります。長い時間をかけてようやく、薄くて均一で電導性の良いものができるようになりました。
斎藤:なるほどインクには銀が含まれているんですか。それは高くなりますね。ライバルとしては、2次元バーコードがありますが、それについてはどうお考えですか。
木村:ライバルとは捉えていません。むしろ2次元バーコードがあってこそというものでもあります。まあ、違う種類のものと言っていいと思います。我々の立ち位置は、遊び心を持ってやれるということに特化すべきだと考えています。事務的ではなく、遊び心がある認証システムですね。これから何が起こるのか、わくわくした気持ちで目の前の雑誌や展示物にiPhoneをかざしてもらいたい。だからそういうデザインにしなければ意味がなく、たくさんのアイデアが必要になりますね。
日経トップリーダー/藤野太一
※掲載している情報は、記事執筆時点(2015年7月)のものです