安倍内閣が重要課題として位置づける地方創生。日本が直面する「人口減少問題」を克服するには、若者が安心して働き、結婚し子育てができる魅力あふれる地方を創生し、地方への人の流れをつくる必要があるという問題意識から生まれた政策です。
政府は地方創生の基本目標として、「地方における安定した雇用の創出」「地方への新しいひとの流れをつくる」「若い世代の結婚・出産・子育ての希望をかなえる」「時代に合った地域をつくり、安心なくらしをまもるとともに、地域と地域を連携する」の4つを掲げています。これらをそれぞれ具体化していくポイントになりそうなのがICTの活用です。
政府は、以前から地域におけるICTの普及展開を推進し、地域経済・社会の活性化や課題解決に取り組んでいます。すでに一部ではその成果が生まれつつあります。こうした成功事例を参考にすることが、地方創生を具体化していくためには欠かせません。
ICT基盤の整備でIT企業が進出
例えば、基本目標の中で「地方における安定した雇用の創出」や「地方への新しいひとの流れをつくる」については、徳島県神山町のケースが参考になります。神山町は、徳島市からも車で1時間ほどもかかる山間部にある人口6000人足らずの小さな町です。地元のNPO法人(特定非営利活動法人)「グリーンバレー」が2008年から空き家再生を始め、Iターン者の受け入れや企業誘致に取り組みました。その結果、古民家を改造したサテライトオフィスなどに入居するIT企業の進出が相次ぎ、新たな雇用を創出。移住者を増やすことに成功しています。
これを後押ししたのがICT基盤です。徳島県は、カバー率98.8% のFTTH網と公設民営方式の光CATV(加入率88.3%)を全県域に整備し、全国屈指の高速ブロードバンド環境を実現しています。加えて、神山町は、総務省からの支援により総額約3億円をかけて神山町の地域公共ネットワークなどを整備したり、ICT利活用事業として総額約9000万円を神山ワーク・イン・レジデンスのWebシステムを整備したりしています。また、オフィス開設・運営費用への補助(通信費、古民家改修費用など)支援も充実させています。こうして都会と変わらない仕事環境を提供しているのです。…
同じ徳島県の上勝町では、より地域ならではの資源を利用した“しごと”が生まれ、地域の活性化につながっています。人口が2000人満たない上勝町ですが、地元の高齢者が山にある葉っぱや花を集め、「つまもの」として料理店などに販売し、好評を得ています。それを支えているのもICTです。
上勝町の第三セクター株式会社「いろどり」がブロードバンド網と独自システムによるリアルタイムの情報共有を実現。高齢者がタブレットなどを駆使して需給動向や発注状況を確認しながら、葉っぱを出荷しています。上勝町では“いろどり効果”によって、IターンやUターンで移住する若者が現れたり、寝たきり高齢者が減ったりし、医療費の抑制にもつながっています。
「地方における安定した雇用の創出」という基本目標に対しては、地域ならではの観光分野の強化も効果的です。ICTを活用した先行事例には、青森県五所川原市などの取り組みがあります。地域の公共および民間の保有する観光情報をオープンデータ化した観光クラウドをつくり、観光客の誘致につなげているのです。
自治体や公共施設が基本となる観光スポット情報などを提供、地元の飲食店や商店はおすすめ料理やお土産など鮮度の高い情報を掲載しています。旅行者は移動中にスマホなどでこうした情報を閲覧したり、サイト上で周遊ルートを計画したりします。地元では、このシステムを活用して、スタンプラリーを企画するなど工夫をこらし、観光客を呼び込んでいます。青森県の30町村・団体で展開しており、その結果、県外からの観光客数は10%増え、また、宿泊費が10%、域内交通費は24%増となるなど観光消費を増加させ、町の活性化に実績を挙げています。
安心・安全な街づくりが前提条件に
「若い世代の結婚・出産・子育ての希望をかなえる」「時代に合った地域をつくり、安心なくらしをまもるとともに、地域と地域を連携する」という基本目標を達成するには、地域の安心・安全が確保されなくてはなりません。暮らしの安心・安全がなくては、結婚・出産・子育てはもちろん、その後も長くその地域で暮らす気にはなれないからです。
例えば、小さな子どもなどは夜間に急に発熱したり、夏場には高齢者が熱中症で倒れたりすることを考えた場合、都市と比べて病院が少なく点在している地方では対応が心配です。それに対して佐賀県が出した答えがICTを活用した搬送支援システムです。県内の病院・診療所、消防機関などをインターネットで結んだ佐賀県医療機関情報・救急医療情報システム「99さがネット」を構築しています。
救急医療や医療機関の情報を県民に公開するほか、救急車にタブレットを配備し、病院の搬送受け入れの可否、搬送患者の画像診断などの情報を共有。これによって患者を迅速に搬送・診断するため、搬送時間の短縮や特定病院への搬送集中軽減などの効果を上げています。
暮らしの安全・安心を考える上では、河川の氾濫や大地震の発生といった災害対策も自治体の課題です。防災分野では、災害情報の効率的な伝達システムとして、「Lアラート(災害情報共有システム)」を構築する自治体が出てきています。これは、避難指示・勧告、被害状況、避難所情報などの、自治体が発する災害関連情報を集約・共有し、テレビ、ラジオ、携帯電話、インターネットといった多様なメディアを通じて一斉配信する仕組みです。兵庫県や静岡県が先進的なシステムを構築しています。
このほかにICTは、衰退しつつある地域コミュニティーの再生や、高齢者の健康の維持・増進、地方と大都市の教育格差の是正などさまざまな面で活用されつつあります。地方創生の実効を上げるためには、こうしたICTの活用をさらに進める必要があるでしょう。