ラグビーワールドカップの大活躍で話題となった五郎丸歩選手。選手として基礎を固めた早稲田大学ラグビー蹴球部時代の監督が中竹竜二氏だ。五郎丸選手は、今でも影響を受けた指導者として中竹氏の名前を挙げる。中竹氏に結果を出す部下への指導法を学ぼう。
今回も「部下に気づきを与える」言葉のかけ方を紹介する。前回、短所を補う強みを導き出すことの重要性を解説した。それではその強みを導き出すためにはどうしたらいいのか。そのヒントは「イケてる自分」を思い出させることにある。そして、その強みを結果に結びつけるのが上司の役割である。
「君の強みは、勝負勘に優れているところだと思うよ」。早稲田の監督時代の、ある選手との個人面談。私は彼にそう言った。彼はラグビー選手としては体が小さく、足が速いわけでも、力があるわけでもない。悪いところがない代わりに強みも見えないタイプ。本人も自分の強みが分からず、ずっと悩んでいた。
しかし、そんな彼の練習や試合でのプレーを見ていると、とても光っている瞬間があった。それは、ゲームの流れが変わるときだった。ピンチをチャンスに変え、それによってゲーム全体の風向きを逆転させる。大差で負けているときはまったく活躍しないが、接戦では大活躍。チームを勝利に導く力を持っていた。
どんなに自信が持てない人でも、「瞬間」を切り取れば必ず強みはある。彼の明確な強みが発見できたのも、彼を注視し、「その瞬間」を見極められたからだ。
ある瞬間だけを切り取れば、比類なき能力を発揮する…
実際に上司が部下を、毎日このように見ていられるかといえば、そうではないかもしれない。私も一人ひとりをできるだけ長く、深く見たいと思っていたが、部員が1軍から6軍まで、総勢130人もいればそうはいかない。だから選手たちに、その「瞬間」は何かと問いかけてきた。「『俺ってイケてる』と思える瞬間は何か?」「イケてる自分を思い出してみよう」と。
ラグビーでも、すべてに秀でた選手はそうはいない。しかし、足が強烈に速い、パスだけはめちゃくちゃうまい、スクラムを組んだら絶対に動かないなど、ある瞬間だけを切り取ると、比類なきパフォーマンスを発揮する選手は大勢いる。
例えば、相手からプレッシャーを受けたときの近距離のパスが、絶妙にうまい選手がいるとしよう。ところが、特に緊張感のない場面のパスはミスが多い。それで「パスが下手」ということになり、重要なポジションに配置されない。彼のパスのうまさは、プレーをコマ送りにして瞬間、瞬間をとらえなければ、誰にも知られることがない。本来ならば「流れを変えるパスができる選手」であるにもかかわらずだ。
瞬間の強みを成果に変えるのが上司の役割
仕事でも、同じことが言えるはずだ。企画案を作るのは苦手だが、人脈やITを駆使した情報収集能力だけは、他の誰にも負けない。契約の詰めは甘いが、顧客の懐に入るのがうまい。会議での発言は少ないが、結論に導く大事な一言を発する――。
これらは組織にとっても、本人にとっても十分な強みになり得る。「具体的な成果に結びついていない」という反論もあるだろう。もちろん、ただ瞬間、瞬間の強みを見つけただけでは成果にはなり得ない。それを成果に結びつけていくのが上司の役割だ。
さて、冒頭で紹介した選手の「その後」である。まず、私が彼の強みを「勝負勘」と指摘したことで、ようやく彼は自信を得た。そのような視点で自分のプレーを振り返ると、確かにそうだと思えたようだった。さらに、私はその選手と似たタイプの選手を探し、その選手がどのように活躍したか、どんなプレーが持ち味だったかを伝えたりもした。起用の仕方もそれなりに考えた。大差になりそうな試合では、彼の持ち味は発揮されない。接戦であればあるほどいい。つばぜり合いが予想される試合に、できるだけ彼を起用した。
それによって、彼の成長は加速した。相手のミスに気づき、こぼれ球を上手に拾って、味方をチャンスに導き、勝負どころでのプレーに必ず絡む選手になったのである。
ポイントを整理してみよう。上司の役割とは、まず「瞬間」を切り取って、強みを自覚させること。それには本人に「『俺ってイケてる』って思える瞬間は何か?」と問いかけること。その上で、仕事ぶりを振り返ってもらい、「その瞬間こそ、本当に自分の強みだ」と腹に落とすこと。「瞬間芸」に終わらせず、どうしたら成果に結びつけることができるのか、同じような強みを持つ人の活躍の例を探してきたり、その生かし方を一緒に考えたりすることも大事だ。そして、その強みを生かせるようなアサインをする。
情報収集能力だけは、ほかの誰にも負けないという部下であれば、企画書がうまく作れる人と組ませ、プレゼン資料に落とす。部署全体のパフォーマンスは上がる。そして、ともに仕事をすれば、お互いのスキルを学び合い、それぞれが成長する。組織の力を最大化する掛け算の妙とは、部下一人ひとりの「瞬間芸」が見えてこそ実現できるのだ。