2016年2月に匿名ブロガーにより投稿された「保育園落ちた日本死ね!!!」との言葉。過激な表現には賛否両論あるが、これにより待機児童問題が改めてクローズアップされた。国会などでも取り上げられ、“一億総活躍社会”を掲げる安倍晋三首相も対応を迫られた。3月の参院予算委で「政権交代前の倍のスピードで受け皿作りを進めている」と話すなど、少子化対策を進める安倍政権にとっても重要課題の1つとなっている。
待機児童とは、「保育所への入所申請がなされ入所条件を満たしているにもかかわらず、保育所に入所できない状態にある児童」だ。その存在は、もともと1970年代の第二次ベビーブーム時に顕在化したといわれている。しかし、現在のように社会問題として自治体などが対応に取り組み始めたのは1990年代半ば以降のこと。この頃から共働き家庭の増加や女性の社会進出が進み、保育所の需要が急増。それにともない、希望しても保育所に入れない待機児童の解消が大きな社会的要請となった。
全国の待機児童数は、2001年には2万1031人だった。2006年から2008年までの間は2万人を割ったものの、その後は2万人台が続いている。2万人という数字も決して少なくないが、実際の待機児童はこの数より多い。
保育の受け皿拡大は多くが4月に向けて行われ、年度途中には少ない。そのため4月以降の申し込みに対しては、受け入れ人数が非常に少なくなるので待機児童は増加していく。実際、2015年4月時点の待機児童数に、その後同年10月までに保育の申し込みをしたのに入園できない人数を加えると4万5315人にも達する。これは前年同期比2131人の増加である。
このような状況を、国も手をこまねいて見ていたわけではない。待機児童を減らすため、これまでに数々の施策を行っている。2001年には「待機児童ゼロ作戦」を発表。学校の空き教室や駅といった拠点施設を保育に活用するための支援などを打ち出し、2004年度末までに児童の受け入れ数を15万人増加させる目標を立てた。2008年には「新待機児童ゼロ作戦」をスタートし、幼稚園の預かり保育などを活用して2017年までに保育サービス利用児童数を100万人増やすとしている。
このほかにも、2004年の「子ども・子育て応援プラン」など待機児童問題の解決のために数々の策を打ち出してきたが、現在まで抜本的な改善には至っていない。なぜ、待機児童問題はなくならないのか。
要因の1つが用地の問題だ。待機児童の多い都市部では、保育所を開設するにも用地が不足している。また、子どもの声が周囲の住民に騒音と見られ、訴訟問題に発展するケースも起きている。開設しようとしても住民から反対運動が起こるなど、都市部での保育所開設は容易に進まない面があるのだ。
経営上の問題もある。認可保育所の場合、0歳児・1歳児には1人当たり3.3平方メートル、2歳児以上は1.98平方メートルのスペースが保育室に必要だ。保育士は、0歳児3人につき1人、1歳児・2歳児には6人につき1人付けなければいけない。都市部での家賃と保育士の人件費などを合わせると、経営上の負担は少なくない。
課題は施設だけではない
保育士不足の問題も大きい。保育士が足りないために子どもの受け入れを制限せざるを得なくなり、定員割れに陥る保育所が後を絶たない。千葉県船橋市でも臨時職員の保育士が集まらず、定員以下に子どもの受け入れを制限する事態が起こっている。2015年、保育所などの定員は全国で247万人だった。それに対し、利用児童数は233万人。定員充足率は94.2%で、5%以上の空きがある計算になる。その理由の1つが、保育士の不足なのだ。
保育士の給与は、基本的に保育料を元にして計算される。この保育料は公定価格で決まっているため、事業者が勝手に上げることはできない。厚労省の2013年の調査では、保育士の賃金は20万7400円。全産業平均の3分の2ほどだ。給与水準が低く、労働条件が厳しい保育士はなり手が少なく、東京都の保育士の有効求人倍率は2015年、5.13倍に達した。ここに、待機児童問題の大きな根がある。
政府は、待機児童問題の解決に向けて2015年4月1日から「子ども・子育て支援新制度」をスタートさせた。この制度により民間保育士の給与が平均3%改善されるとともに、公務員給与の見直しで保育士の給与が平均2%改善されるため、給与は平均5%増加することになった。
また、同制度にはこれまで統一基準のなかった地域型保育を市町村による認可事業にして支援を行うなど、施設の量を増やす方策も盛り込まれている。そのほか、自治体が管理する公園に保育所を作る試みが東京の荒川区や大阪の豊中市などで出てきている。注目に値する動きだといえる。
ただ待機児童問題は、希望者数を満たす施設を整備しても、開所時点になるとそれを超えるニーズが発生するという“いたちごっこ”なのが現状だ。東京23区および全国の政令市(20市)を対象に日本経済新聞社が行った調査によると、調査対象の保育定員は約64万人で前年同期に比べて約5万5000人も増えている。それに対して2015年4月1日時点の待機児童数の合計は7146人で、前年同期より約2000人減ったにすぎない。
こうしたギャップが生じるのは、「施設ができれば預けたい」と考えている潜在的なニーズが非常に大きいことが考えられ、完全な問題解消は容易ではなさそうだ。待機児童問題は、少子化や女性の活躍促進にも直結する。政府や自治体の抜本的な対策が待たれるところだ。