広島東洋カープが25年ぶりにセントラルリーグを制覇した。それも2位巨人以下を10ゲーム以上引き離す、ブッチギリの優勝である。
田中、菊池、丸と1~3番の打順を固定できたこと。ヘーゲンズ(8月からは今村)、ジャクソン、中崎というリリーフ投手3人による勝利の方程式を確立できたこと。22歳と若い鈴木の大ブレーク。ジョンソン、野村、黒田の3投手がほぼ1年間、ローテーションを守り通したこと。新井や石原、エルドレッドというベテラン野手を少しずつ休ませながら起用し、疲労のたまる夏場の失速を防いだ緒方監督の采配。菊池の鉄壁な守備。
優勝の要因を挙げればキリはないが、やはり大きかったのは新井と黒田のリーダーシップではないだろうか。今年のカープは、現場のリーダーがしっかりした組織はやはり強いことを証明した、といっても過言ではあるまい。
実は多くのカープファンは、2015年のシーズン優勝を期待していた。レギュラーの大半が20代という伸び盛りのチームに、新井と黒田が7年ぶりに復帰。2013年、2014年と連続して3位に入るなど、着実に力を付けてきたところに大物2人が加わって、戦力が大幅にアップしたのだから、24年ぶりの美酒は間違いない。しかし結果は4位に終わった。
2016年シーズンは、2015年に15勝を挙げた前田投手がオフに米ドジャーズに移籍。その穴はとてつもなく大きく感じられた。しかし、多くの若手選手は、前田の移籍を逆に発奮材料としたのだろう。さらに彼らは新井と黒田の背中を見ながら、急速に成長を遂げていった。
地元・広島出身の新井は、努力の人だ。高校、大学と大した実績は残せなかったが、つてを頼り、1998年のドラフト会議でカープに6位指名で拾ってもらった。人並み外れた猛練習で、主力選手にのし上がっていった。新井は2016年4月26日に一流選手の証しとされる2000本安打を達成した。入団当初を知る多くのカープファンは「まさかあのアライさんが」という思いを抱いた。あきらめずに努力を続ければ報われることを、新井は実績で示した。
「2000本安打よりも優勝」と断言…
39歳になった今も、若手以上の練習量を誇る。今年のオフには自己新記録となる、240kgのベンチプレス6回を達成したという。そんな新井は今シーズン前に、テレビのインタビューでこんなふうに語った。
アナウンサー「究極の質問です。もし、2000本安打と優勝のどちらかしか得られないとしたら、どちらを選びますか?」
新井「なんでそれが究極の質問なんですか。簡単ですよ。悩むこともない。答えは優勝に決まっているじゃないですか」
そんな「フォア・ザ・チーム」の思いを抱いたベテラン選手が限界まで練習するのだから、若手選手が刺激を受けないはずはない。
一方の黒田は、弁が立つわけではなく、自ら積極的に若手に話しかけるタイプではない。2015年シーズンは「(若手から)聞かれたら答えていた」そうだが、米国のメジャーリーグで5年連続二ケタ勝利を挙げたレジェンド投手に対し、気軽に質問できる若手投手はそうはいない。黒田自身も「コーチもいるし、2015年は遠慮していた」と打ち明けている。
しかし、前田が抜けて「今年は自分が投手陣を引っ張らなければ」との自覚を強くしたようだ。2015年よりも1週間ほど早くキャンプ入りし、「若手のピッチングを見て、気が付いたことは言うようにした」という。
黒田から近づいたことで、若手投手の間にも質問しやすい雰囲気が生まれた。黒田は若手の質問に答える格好で、「ピンチのときの心の持ち方」などをアドバイスした。今年7月23日に日米通算200勝を達成した名投手の言葉を、若手投手陣は重く受け止めたに違いない。
黒田は、どんなに調子が悪くても、粘り強く投げて試合を壊さないように心がけているという。その姿勢を若手の先発投手も学んだのだろう。今年のカープは序盤に先制されても、投手陣がなんとか最少失点に抑え、終盤の逆転につなげる試合が目立った。実に、勝ち星の半数以上が逆転勝ちである。黒田自身の勝ち星はこれまで9勝とやや物足りないが、「逆転の広島」を演出した功労者の一人であるのは間違いない。
ファンがあきらめない
そして忘れてはならないのが、カープファンの熱き思いだ。親会社を持たない唯一の市民球団として誕生したカープは、資金力に乏しいこともあって、かつては「セ・リーグのお荷物球団」と呼ばれた。結成2年目の1951年には、大洋ホエールズ(現・横浜DeNAベイスターズ)との合併が決まりかけていた。
その危機を救ったのは広島市民だった。被爆からわずか6年しかたっておらず、ほとんどの人の生活が苦しかったにもかかわらず、市民は球場の入り口に置いた「四斗樽」になけなしの金を寄付し、後援会にも積極的に加盟した。
そんなカープファンの情熱が結実したのが、結成25年目となる1975年の初優勝だった。優勝を決めた1975年10月15日、広島の街は沸騰した。
そして今年。カープファンは、初優勝のときと同じく25年も待たされた。熱くなるのも当然だろう。本拠地であるマツダスタジアムは、いつも満員で、ほぼ全体が真っ赤に染まっている。そして終盤まで負けていても、ほとんどの人が決して席を立たない。ファンがあきらめないのだから、選手があきらめるわけにはいかない。
そんなファンに支えられ、今年のカープは本拠地で7割を超える勝率を残した。カープを優勝に導いた真のMVPは、ファンなのかもしれない。