2016年も日本人がノーベル賞を受賞した。大隅良典東京工業大学栄誉教授にノーベル生理学・医学賞が贈られる。日本の受賞者は、米国籍を含み25人目。大隅教授の受賞により、日本人の受賞は3年連続となった。
最近、自然科学系のノーベル賞受賞者は複数人の共同受賞が目立っている。そうした中で、今回の大隅教授は単独での受賞だった。自然科学3部門(物理学賞、科学賞、生理学・医学賞)における単独の日本人の受賞者は、1987年の生理学・医学賞の利根川進氏以来で3人目。約30年ぶりだ。
2000年まで自然科学部門の日本人ノーベル賞受賞者は、湯川秀樹博士など7人にすぎなかった。それが、21世紀に入ると日本人が続々と受賞。2001年以降、大隅教授を含めて16人を数える。毎年1人は自然科学部門の受賞者が生まれている計算になる。
大隅教授のノーベル生理学・医学賞の受賞は、「オートファジー」の仕組みの解明という成果に対してのものだ。日本語では、「自食作用」と表現されている。
生物の細胞は、タンパク質で構成されている。細胞を構成するタンパク質のうち、不要になったものなどを自ら分解する機構を「オートファジー」と呼ぶ。不要になったり異常に発生したりしたタンパク質を分解して細胞の健康を保つほか、栄養が不足したときにリサイクルしたアミノ酸を原料にしてタンパク質を生成することもできる。動植物の細胞にはオートファジー機構が備わっており、これがうまく働かないと細胞を健康に保てない。大隅教授は、このオートファジーの仕組みを解明した。
日本人の受賞が最近続く理由…
大隅教授がノーベル賞を受賞したのは、基礎研究に対する評価だ。今後、オートファジーの仕組みを活用すれば、病気の治療などにつながることも期待され、継続した研究が行われている。細胞内に侵入した病原体となりうるタンパク質を、オートファジーによって分解できれば、細胞は病原体によるダメージを受けずに済む。逆に、細胞で過剰に働くオートファジーと神経変性疾患やガンなどとの関連も発見されている。オートファジーを抑制することが病気の治療につながるといった応用も研究されている。
自然科学部門のノーベル賞の受賞は多くが基礎研究の分野に属する。研究開発が短期間で商売につながる応用研究ではなく、物事の理(ことわり)を明らかにする研究だ。利益追求を第一にした研究機関では、なかなか突き詰めた研究を行うことが難しい。日本で自然科学部門のノーベル賞受賞者が多い理由の1つには、大学や公的研究機関といった基礎研究を行う機関の充実が挙げられる。
自然科学部門の受賞者の経歴を見ると、京都大学6人、東京大学5人、名古屋大学3人など、すべて学部時代は国立大学で学んでいる。国立大学が歴史的に基礎研究を重視している姿勢や、競争的研究資金を助成する科学研究費助成事業(科研費)による資金的バックアップが受賞者輩出の背景にある。自然科学の基礎研究に対する国家的な取り組みの成果ともいえる。
ただ、ノーベル賞の受賞は基礎研究の力を“タイムマシン”でのぞいているとも考えられる。ノーベル賞の受賞対象は、長期間の研究の成果であったり、長期間の検証や実証を経ていたりするケースが多い。2012年に生理学・医学賞を受賞した山中伸弥教授のiPS細胞作成のように、成果の発表から10年を待たずして受賞することのほうが少ない。現在の、毎年のような受賞は、1970年代、80年代、90年代といった過去の基礎研究への評価ともいえる。
しかし、バブル崩壊後、日本は低成長が続いたこともあり、自然科学分野の基礎研究を取り巻く環境は厳しさを増している。最近では、論文の発表数も中国に大きく水を空けられている。ノーベル賞の受賞が過去の基礎研究力を映し出すものだとすれば、近年の連続受賞に浮かれているわけにはいかない。基礎研究の支援について、国だけでなく、企業も含めて真剣に考える必要があるだろう。