最終回は、経営者の皆さんに向けた人事評価システム導入の勧めだ。人材獲得競争に打ち勝ち、従業員と信頼関係を築くためには、経営者の大いなる決断が必要だと高橋恭介社長は力説する。
企業 ― 企業、経営者 ― 従業員でも「信頼」が何よりも大切
私が起業したのは「社会に受け入れられ、社会に必要とされるサービスを、新たに作り出して提供していきたい」という思いが強かったからです。20代のときに転職したプリモ・ジャパンという宝飾品販売のベンチャー企業では、取締役の立場で直接経営に参加させていただき、数十人だった正社員数が500人以上、売上高が100億円超の企業にまで成長していきました。そして、34歳になるときに起業するなら気力も体力もある今だと決意し、2008年9月に会社を設立しました。
プリモ・ジャパンはブライダルジュエリーの分野では名前が知られており、台湾に子会社を立ち上げて社長を務めました。この子会社は、いまや台湾の宝飾品業界を代表する企業の1つになりました。ティファニーを超えてブランドランキング1位になっていると聞いています。
さて、起業するのには3つのやり方があります。1つは起業しても従業員を雇用しない、家族もしくは秘書や経理を担当するアルバイトを1人雇うくらいのやり方です。よくあるのがコンサルティングや教育研修系、もしくは士業ですね。1つの独立の方法だと思います。
2つ目は「代理店」です。すでに世の中にある商材を営業セクションとして売っていきます。フランチャイズ、代理店やOEM(相手先ブランドによる生産)もこのタイプに入ります。商材はどこからか仕入れて売っていくというケースです。
3つ目は従業員を雇用し、サービスもゼロから世の中に生み出していく方法です。一番リスクが高くて難しいやり方です。
せっかく自分が起業するのであれば3番目のいばらの道が最も成功することが難しい分、おそらくリターンも大きいのではないかと考え、私はこの道を選びました。
ジュエリー業界からHR(ヒューマンリソース)業界へ――。私がこの経歴を説明すると、まったく異なる分野への転身と思われがちです。しかし、私自身にとっては、宝飾品の会社でも最高のチームづくりを行ってきました。おこがましいかもしれませんが、プリモ・ジャパンが現在でも継続的に利益を出し続けているというのは、私が取締役として参加していた6年間で人事の仕組みを構築した点が成長の根幹にあると自負しています。そしてその経験を基に、今のビジネスを生み出しました。
ところが、2008年に会社を設立した直後、リーマン・ショックが起こりました。世の中の企業は風前のともしびのような状態に陥り、どこも採用どころではありません。さらにやっと落ち着いてきたと思ったら今度は東日本大震災が発生。創業してから3年はずっとピンチでした。
それでも、ここまでやって来ることができたのは最初のクライアントのおかげです。無名でまだサービスが不十分だった頃からのクライアントが取引を継続してくれているのと、その紹介のお客様に助けていただいてきたからです。…
この業種は、クライアントがクライアントを呼ぶビジネスです。プライバシーマークや情報セキュリティーマネジメントシステム(ISMS)などがあるということよりも、「あの企業が導入している」とか「あの会社がきちんとやっている」というのが信頼の主要な部分で、「それならウチも頼もうかな」という流れになります。
商材が目に見えず分かりにくいサービス内容にもかかわらず、サービスを受けた会社の満足度が高いので、プロモーションとしても効果が高いのです。
それから、私たちが「専業」でこのサービスを行っているところにも強みがあります。もし、大手システム会社がクラウドで同様のサービスを提供しているとなると、クライアントは「ウチの会社のデータをほかの何かに利用されるのではないか」と、不安に思うことがあるかもしれません。専業であれば、安心感が高まるのでしょう。
サービスの内容としても、ハード面でのセキュリティーは100点をとって当たり前の話です。それよりもクライアント側が精神的な部分で、どんな安心感を得られるのかが大きいかもしれません。そういう意味では、会社が上場していることやクライアントの数が増えていくことは信頼感につながるので、お客様の安心感のためにも、私たちはもっと頑張らなければなりません。だから将来的には、株式の上場も視野に入れています。
従業員をねぎらうなら社員旅行よりも評価制度を
これからの企業経営では、経営者と従業員の信頼が従来以上に重要になってきます。私は「社内に評価制度がないだけで、ブラック企業予備軍ですよ」と話しています。「時間外労働の残業代はきちんと払っているから大丈夫」という社長さんがいますが、そういうレベルの話ではありません。
また、従業員数の少ない企業では、オーナーでもある経営者自身が「自分が全部直接に見ているから大丈夫」と言う場合もあります。しかし、これもまた大いなる勘違いです。従業員に対しては、何に向かってどこまで頑張れば次のステップにたどり着けるのかという目標を、経営者の意思を込めてしっかりと提示していかなければ、モチベーションが引き出せないのです。
従業員をねぎらう福利厚生として、「家族を連れた社員旅行を実施する」「従業員が使えるようにリゾートマンションの契約をする」などを考えているのなら、「評価制度をプレゼントする」という選択肢もあると思います。
評価制度の導入はかなり面倒ですが、これを当たり前にやっていくと経営者と従業員の間の信頼感も増し、人材の獲得競争でも生き残ることができるでしょう。
人事評価システムを導入するというのは、社員の統治システムを変えることになります。中小企業の場合、「創業者」「オーナー」「社長」の3つが同じ人であることが多い。命を懸けて作ってきた会社であり自分の家族以上に大切に思っている従業員の統治システムを変えていくことになるので、勇気のいる決断が求められます。
今後当社のサービスがもっと世の中に認知され、経営者の大きな決断がよりスムーズに実施できるようになることが私のめざす理想の姿です。あしたのチームのサービスを通じて、中小企業とそこで働くすべての方々がもっと輝くことができる世界をめざします。
●企業顧問のプロ、森部好樹が語る
「仕事を頑張りたくなる」社員を作り出す中小企業を支える人事評価システム
あしたのチームの高橋恭介社長が取り組んでいる人事の仕事は、どんな企業の中でも一番遅れているといってもいいところです。売り上げに直接貢献しないので、変革が後回しになりがちだからです。
高橋社長が、ここに目を付けたというのがまず面白いところでしょう。あしたのチームが対象としているのは、主に中小企業なので特に人事評価制度の導入は遅れています。私には「よくぞ、ここに着手した」という思いがあります。
これまでの人事システムでは、営業部門や管理部門のような、まったく異なった機能を持つ部署が、おのおの勝手に評価を下していため、「給料を奪い合う」という構図でした。ゼロサムでの奪い合いです。声の大きい部署が勝ったりするため負けた側に不満が残りますし、勝った側を含め全体に納得が得られないものになってしまいます。
しかも、その数値化は自分の上司が行うので、上司のさじ加減1つでどうにでもなってしまう世界です。だから、上司が誰になるか、正当な評価をできる人なのか、もっといえば上司に好かれるか嫌われるか、という単なる「運・不運」が社員の実績を査定する評価制度の土台に横たわっていました。中小企業の場合、評価するのが社長自身のこともあります。いずれにしろ、公正な評価というものはありません。
社員が努力して頑張ったとしても、その頑張りが認められずに評価されないのならば、いつまでも頑張り続けることはできません。社員の力を伸ばせず、社員が努力を途中で止めてしまうようでは、弱い組織、弱い会社です。
それをあしたのチームでは、ASPを利用して、社員一人ひとりの目標と達成度、中間レビューの面談内容も集約して反映させていくというシステムを作り上げました。会社の経営理念を具体化し各自の目標に落とし込んでいくため、営業部門、管理部門といった、異なった機能を持つ部署を公平にマネジメントできるのです。社員一人ずつと向き合うことで、頑張りが認められないという事態は解消されます。これまでの言い方だと「上司運のない人」は一人もいなくなります。がぜん、頑張りたくなる組織に変わります。
これから日本が発展していく上で、中小企業は必要不可欠、日本を引っ張っていかなければならない存在です。その役割を果たせるかどうかは、社員次第。その根底を支える人事評価システムが出来上がったと、私は見ています。
日経トップリーダー/森部好樹