日本興業銀行(当時)に入行後、営業を中心にキャリアを積み、ビックカメラの取締役を経て、格安メガネチェーンを設立するという多彩な経歴を持つ森部好樹氏。現在は、「社外顧問の専門家」として若手企業家のバックアップに力を注いでいる。
本連載は、そんな森部氏が注目する新分野に挑んでいる企業を紹介する。成長する企業の目の付け所や発想、スタートの苦労などは、新規事業に取り組む全てのビジネスパーソンにとって、非常に参考になるはずだ。
リンカーズ(メーカーマッチングサービス)第1回
ITが急速に進化を遂げてきたこの数年間、起業をめざす人々はウェブを軸とした事業で会社を興すことが主流でした。極端にいえばインターネットにつながる回線とパソコンさえあれば、初期投資がほとんど掛からないことも、起業のハードルを引き下げました。
しかし、IT分野が飽和を迎えつつある今、ウェブはすでに当たり前の世界となり、それだけでは成功することは難しいでしょう。現在は「ウェブ×アナログ」の掛け合わせがポイントになっています。リンカーズの前田佳宏社長は、大手コンサルティング会社に勤務していたときに日本のものづくり産業の仕組みに興味を抱きました。
新規事業や新規商品の開発を考えた大手メーカーは、必要な技術を持つ中小などのパートナー企業を探します。ところが、中小のものづくり企業は自社の技術をオープンにしていないことが多い。大手メーカーはパートナー探しに苦労しているのです。
そこで、前田社長はこの課題を解決するために、大手メーカーと中小企業をマッチングする「Linkers(リンカーズ)」というサイトを立ち上げました。ウェブを使った企業同士のマッチングサービスは数多く存在しますが、うまくいっている例は実はそう多くはないようです。その中で、リンカーズはこれを軌道に乗せたのです。なぜ同社は成功しているのでしょうか。
リンカーズでは、大手メーカーに中小企業を紹介する際、「目利き」できるプロのコーディネーターを上手に活用しているからなのです。同社は全国1200人に上る専門家と連携しています。彼らは、大手メーカーの案件ごとのニーズに沿った中小企業などを紹介することができるのです。この「IT×人力」によって、大手に紹介する企業の質は担保され、信頼を得られています。
大手メーカーのパートナー探しを効果的にサポート…
大手メーカーが新製品を開発する際、展示会や商談会を利用してパートナーを探すことが多いそうです。ところが「製造を担う中小企業がおよそ43万社もあるといわれている中で、ニーズにぴったりと合った最適な企業は1~2社しか存在しない」(前田社長)ため、例えば展示会でのマッチング率はわずか2~5%だといいます。
なぜこんなにも大手メーカーがパートナーを探すことが難しいのかというと、まず狭いエリアを対象とした展示会では、そもそも出会える企業の数が限られています。
一方、インターネットで探そうとしても、中小企業は自社の技術を全てオープンにはしていません。競合の目を気にしてあえて公開していない場合もあれば、物理的に出せないことも多い。例えばテレビを例にとってみても、多様な部品で構成されているテレビ自体のスペックは何万通りもあります。だから、どのスペックに合う技術を持っているかなど、到底表現できないのです。
このような現状の中、発注側の大手企業も条件を満たすパートナーを見つけ出すことができず、せっかく新商品を考えても製造まで至らなかったり、また受注側の中小企業からすれば、せっかく大手の要望に合う技術を持ちながら、それが生かされないという事態があるわけです。これは問題だと感じた前田社長は2013年にマッチングサイト「Linkers」を立ち上げたのです。
サービスをスタートしてから約1年間で扱った案件数は約100件。その中で、現段階で両社の面談まで進んでいるのが過半数、残りの半数くらいはマッチングが完了しているそうです。「どう探してもこれは日本国内では難しい」というような理由でマッチングできなかったのは、1割程度しかないといいます。
発注者である大手メーカーが支払う料金は3段階に分かれています。中小企業を探すためにすぐにコーディネーターに動いてもらうため、契約後はまず探索開始時に基本利用料(1案件約45万円)を同社は大手メーカーから受け取ります。残りは成功報酬(1案件約50万円)となります。面談まで到達した場合はそこで成功報酬の2割、最終的に契約が締結され試作や量産が決まった段階で成功と見なし、残りの8割を受け取る流れになっています。
1案件のみのスポットだけでなく、年間で3案件、6案件、12案件のパッケージ料金もあります。年間を通して複数案件を依頼する大手メーカーも多いといい、現在のリピート率は60%以上だそうです。
発注企業を開拓
ここからLinkersの特徴とマッチングのステップについて、詳しく見ていきましょう。Linkersは大手メーカーのニーズを起点としたビジネスモデルです。まずは大手メーカーの要望をしっかり拾わなければなりません。
現在最も多いのがリンカーズに出資しているベンチャーキャピタルからの紹介です。出資者が、実務での重要なパートナーでもあるわけです。またコーディネーターの中で、個人のコンサルタントをしている人などが開拓に協力してくれるケースもあるそうです。その他、経済連合会から会員企業を紹介してもらうなど、ルートは多岐にわたっています。大手メーカーからの案件としては、開発の途中で頓挫していたり、1年間パートナーを探していたけれど見つからなかったりというような難しい案件が多いといいます。
依頼を受けると、同社の担当者がどんなパートナーを探すのか、どんな技術が必要なのか、予算やスピード感など細かい条件のすり合わせをします。
発注者側への大きなメリットは、情報について「完全クローズド」であるということです。案件がLinkersに登録された後、最初のタイミングから、発注者は受注企業の情報を全て見られるようになっていますが、受注企業側には最終段階まで会社名や商品名などは公開されません。新商品、新規事業の場合、世の中にその情報が漏れないよう、大手メーカー側はかなりデリケートになっています。この秘密保持機能があるため、企業が公募などでパートナーを探せない場合でも、Linkersを利用することで最適なパートナーを見つけられるのです。
日経トップリーダー/森部好樹