“節水グッズ”と呼ばれる製品は数多く存在する。東大阪市にある金属加工ベンチャー、DG TAKANO(2017年に東京都台東区へ本社を移転)の高野雅彰社長は、あるとき手にした節水製品を見て「この程度の性能のものが、こんなに高く売れるのか」と驚き、「うちなら、もっといい製品ができる」と、新たに、蛇口に取り付ける「節水ノズル」の開発に取り組んだ。独学で構造を考え、あらゆる特許を見直し、開発に成功した「Bubble90」は、約9割の水を削減できる性能によって、今や日本のみならず世界の注目を集める。世界的な課題である水不足に商機を見いだした高野社長に、今後の展望を聞く(聞き手は、トーマツ ベンチャーサポート事業統括本部長、斎藤祐馬氏)
非常に高精度で、かつリスクが大きい。ガス漏れして爆発したら大変なことになる。それが、50年前の加工機械は、性能が全然大したことなくて、祖父の時代の加工機械で誤差を1000分の2ミリ以下に収めるなんて不可能で、1つひとつ手作りしていました。本当に職人の世界でやってきたものなんですね。それでも、製品の単価はものすごく安い。
それで父の代になって、独自にカスタマイズして精度を上げたNC(数値制御)加工機を使い、職人の手の感覚を数値化してプログラミングすることで、機械で24時間作り続けられる体制にしました。
高野:東大阪って、いいときは1万社を超えるような工場がありましたが、もう6000社台になっている。倒産、廃業をたくさん見てきました。医者の息子が医者になるとか、親の職業を継ぐことは多いと思いますが、町工場の息子は町工場を継がないんですね。
それは、やはり町工場に魅力を感じてないんですよ。食べていくのも大変だし、嫁の来手もないし、自分の代で終わりだというケースがたくさんある。これからもそれはどんどん続いていくと思います。
僕もそのうちの1人で、町工場にまったく魅力を感じていなかった。世界最高レベルの切削加工技術を持っている工場が家業なのに、それにまったく魅力を感じていなかったわけですよ。
斎藤:それが、節水ノズルを作り始めたのはどうしてですか。
高野:会社員もやりたくなくて、学生の時から起業したいという思いがずっとあったんです。それで、大学を出て周りが大手の企業に行く中、自分1人はITのベンチャー企業に入りました。
3年間、営業を経験した後、独立の準備を進めて、それからITの会社をつくりました。だからその時点でも、まだ工場を継ぐつもりはありませんでした。そこで、たまたま最初に来た仕事が、ある節水製品をインターネットで販売したいというもので、それが1つ数万円もするんです。工場育ちですから商品の製造原価はだいたい分かる。うちで作れば、もっといいモノがずっと安く作れると思って、節水製品に関する市場のことを調べてみたんです。
そうすると大企業が1社も参入しておらず、無名の中小企業ばかり。しかも環境系の会社が多くて、ものづくり系の企業が参入していないので工業製品としてのレベルが高くない。これならいいものを作れば1番になれると思ったんですね。
斎藤:いきなり新規参入しようというからには、節水製品はもちろん、水を取り巻く世界的な状況にも注目をされたのでしょうか。
高野:日本は、たまたま水資源が豊富にありますが、世界中の至る所で水不足が起きています。それに、日本は水が豊富なように見えますが、全ての食料を自給自足しようとすると、日本も水不足になるんです。牛を育てるためには莫大な水が必要で、餌にするトウモロコシも必要になる。そのトウモロコシを育てるために必要な水などを考えると、牛肉を輸入することは、すなわち莫大な水を輸入しているのと同じことなんです。
そうした視点を持つと、北米も南米もアジアもヨーロッパもアフリカもみんな水が足りない。それは世界中でますます深刻になっていく。だから節水には非常に高い需要があると気付いて、これはチャレンジする価値があるということで、父の工場にこもって1人で試作を始めたんです。
斎藤:工作機械の知識はあったのですか?
高野:家業を継ぐつもりはなかったので、そのとき初めて旋盤に触りました。父に使い方を教わって操作してみると、1つ満足するものができても、2つ同じものが作れない。自分はそもそも職人じゃないし、自分でこれから旋盤の使い方をマスターしている場合じゃない。やはりプログラミングを勉強して機械を使って自動で作る必要があると思ったんです。
ちょうど1台、最新の工作機械が空いていたんです。当時世界最速で加工できる機械なんですが、すごく扱うのが難しい。父が一番性能の良いものを入れたのはいいけど、使い方を勉強する時間もなく、ほったらかしになっていた。
そこで、これを使ってみようかと機械メーカーに問い合わせたら、絶対無理だと。素人では3年かけても使えるようにならない。その機械メーカーに住み込みで1年間勉強するなら、使えるようにして帰しますと言われました。そんなことをやっている場合じゃないと。
最初は本当に用語も何も分からなくて、「ミーリング加工って何?」みたいなところから、分厚い取扱説明書を片手に独学して、最低限のところだけ3カ月で動かせるようにしたんです。機械メーカーも驚いていましたけど、そこから開発を始めていったんです。
2008年2月に会社をつくり、同年5月には開発を始めた。他社の権利を侵害しちゃいけないと、とにかく特許を調べまくって、11月頃に試作品ができました。その時点で84%ぐらい節水できました。
斎藤:16%の削減じゃなく、減る分が84%ですか。
高野:はい。試しに自分の工場でテストしたら、いい結果が出ていた。これはいいと思って、兵庫県のある公立小学校でテストをさせてもらったんです。プールの横にある蛇口に付けてみると、蛇口をひねっても水が出ない。それで隣の蛇口をひねってみたら、赤さびで濁った水が勢いよく出てきた。しばらく使っていなかった古い水道管がさびていて、それで節水ノズルの穴が詰まってしまったんです。
なるほど、こういうことが起こるのかと気付いて、水質の悪いところでも使えるようにまた設計のやり直しです。もうずっと食事のときも、トイレに入っているときも、風呂に入っているときも、寝る間際も24時間どうすればいいか考えていました。すると、ひらめくタイミングがある。それは、ほとんどが早朝なんですが、1~2分後には忘れてしまうので、常に枕元にノートと鉛筆を置いて、そのひらめいた絵を忘れないうちに描くんです。それを実際に作って、あらゆる形を考えました。
ですから、Bubble90という製品は、今の形状がベストです。違う形にしようとすると、必ず性能が落ちるところまで考え抜きました。そして、もちろんBubble90は特許を取っていますけど、それをすり抜けるために違う技術と構造で作った場合の特許まで取ってあります。
次回は、独自に開発した節水ノズルをどうやって売れる商品に育てたのか、そしてどのように販路開拓を実現したのかを聞きます。
日経トップリーダー/藤野太一
※掲載している情報は、記事執筆時点(2016年4月)のものです