東大阪市にある金属加工ベンチャー、DG TAKANO(2017年に東京都台東区へ本社を移転)の高野雅彰社長は、独学でNC(数値制御)加工機のプログラミング技術などを学び、節水ノズル「Bubble90」を開発した。お披露目の場となったドイツの展示会で世界中の企業から注目を集めるなど、技術は評価されたものの、日本では営業をかけても当初はさっぱり売れなかった。厳しい状況で、販路をどうやって切り開いたのかを高野社長に聞いた。(聞き手は、トーマツ ベンチャーサポート事業統括本部長、斎藤祐馬氏)
でもパンフレットもないし、ポスターもないし、資料も何もない。ただ、ベルリンまでの飛行は13時間ありましたので、機内でパソコンを使ってパンフレットのデザインをゼロから作りました。現地に着いたらすぐ、キンコーズみたいな印刷ができる店に飛び込んでプリントアウトして、なんとか展示会に間に合った。
日本に帰って、今度は、「”超”モノづくり部品大賞」に出品しました。応募する企業の規模は問いませんが、その性能が世界最高水準で、かつ大学や公的研究機関の客観的なデータや専門家の推薦状がないと応募できないという、すごくハードルが高い賞だったんです。うちの場合は、ある企業がうちの製品を比較調査してくださり、東京大学の先生が推薦状を書いてくださって応募することができた。
斎藤:おおーっ。そうそうたる顔ぶれの中での大賞ですね。
高野:設立1年目の無名のベンチャーがいきなり1番になったと、新聞の1面で取り上げてもらった。ちなみに前年の大賞は日立グループの会社で、翌年は東芝でした。
「よし、これでうちも軌道に乗れる」と思ったんですけど、これは製造業関係者にしか知られていない賞で、一般の消費者にはほとんど知られていない。グッドデザイン賞の方がはるかに有名なわけです。だから、賞を取ったら、いきなり営業がうまくいくなんて、甘い話はありませんでした。製品を作る苦しみは1年で済みましたが、売ることはその何倍も難しくて、販路開拓には結局4年を費やしました。
斎藤:それだけの技術や節水効果があっても、売れなかったのはなぜなんでしょうか。
高野:東大阪の無名のベンチャーが営業に来るわけです。節水関連の製品というだけでも怪しまれるのに、「水を約9割節約できます」とか言うと、もっとうさんくさく思われて話さえ聞いてもらえない。
うちが直接営業しても売れないので、商社に販売をお願いしようと考えたこともありますが、彼らはすぐに独占販売権が欲しいと言い始める。それで、こちらが独占販売権が欲しいなら、最低限の購入数を契約で保証してほしいと言うと「それはできない」と言う。
彼らにとっては商材の1つにすぎないので、営業先にカタログを置いてくるだけなんですね。負債は1億円ほどになり、もう倒産寸前までいきました。
斎藤:どうやってそのピンチを切り抜けられたんですか。
高野:東京に面白いベンチャーの社長がいると弁護士の先生から紹介してもらったんです。年齢は私と同じくらいでしたが、不動産関連の事業で好調な業績を上げているバリバリの社長でした。経営していた居酒屋で試してもらえるという話になり、店の蛇口全てにBubble90を付けてみたんです。そうしたら、1カ月当たり17万円だった水道料金が6万円台にまで落ちた。明細を見たビルのオーナーがびっくりして店に飛んできたらしいです。「お客さんが来なくなって店がつぶれるのかと思った」と。(笑)
この経験をして、企業に売りに行くのではなく、ターゲットは飲食店だと気付いたんです。そこで、その社長と共同で14年春に販売会社を設立して、飲食店系の展示会に片っ端から出るなどして二人三脚で頑張りました。飲食店を数店舗経営しているオーナーに1店舗分を無料で取り付けて取りあえず試してもらう。そうするとまた同じことが起きるわけです。しかも温水の蛇口に付けると温水の使用量が減ってガス代も下がるんですね。
飲食店を狙い、コスト削減を強調
斎藤:なるほど。水道代だけでなく、ガス代も節約できる。
高野:はい。水道光熱費をまとめて減らせると、またオーナーがびっくりされて、すぐに全店舗へ入れてほしいという話になる。それまでは価格を安くしてもまったく売れなかったものが、適正な価格でも着実に売れるようになりました。
そこから1年で売り上げは一気に約20倍になり、ようやく社員を雇える体制になりました。
多くの飲食店が導入して3カ月から半年程度でコストを回収できているので、販売店からはもっと高くても売れるといわれますが、あまり高くするとうさんくさい“節水グッズ”の会社と同じになってしまいますから。(笑)
斎藤:売り上げが急に20倍になったら営業体制を整えるのも大変です。人材採用はうまくいったのでしょうか。
高野:それが困ったことに、ITベンチャーと違って、“町工場”ベンチャーは人気がないんです。募集をかけてもまったく応募がない。たまに来るのは、いかに楽をして給料をもらえるかみたいなことしか考えていない人たちなんですね。それでも、応募してきた人は取りあえず採用したのですが、やはり工場の雰囲気がどんどんおかしくなる。入社してくれた人には、よくうちに来てくれた、一緒に頑張っていこう、会社を大きくできれば、みんなにももっといい待遇ができるし、給料も上げられるからと、理想を語っていたんですけど、現実は全然そんなことなくて、本当はすごくショックで心がすさみました。
ちょうどその頃に東京に来て、トーマツ ベンチャーサポートさんの「Morning Pitch」でプレゼンをさせてもらう機会があったんです。朝の7時スタートって、東京ってこんな時間から仕事をしているのかって衝撃的でしたけど。
斎藤:確かに、そうでしょうね。(笑)
高野:ただ、こうしたプレゼンの場に参加していると知名度がだんだん上がってくる。会社の知名度を上げて、ブランド価値を上げて、この会社で働きたいと思う人を増やしていかないとだめだと思って、それからできるだけコンテストなどにも出るようにしたんです。
そうしたら、採用に応募してくれる人が1回目より2回目、2回目より3回目と目に見えて変わってきて、だんだん意識の高い人たちが来るようになったんです。そのうち、家電メーカーの部長をしていた人が来てくれて、今でも大活躍しています。
そういう状況になると、やる気のないメンバーは会社にいづらくなるんですね。最初に採用したメンバーが抜けると、だんだん会社が健康な状態になっていくわけです。今は女性社員が多くて7割くらいいます。
斎藤:7割が女性?なかなか人が集まらなかったと伺った町工場に、なぜそれほど女性が集まったのでしょうか?
高野:特別、女性を狙って採用したわけではありません。男性ってなかなか冒険できないんですね。できるだけ規模の大きな安定した会社を探そうとしているのか、優秀な男性はなかなかうちに応募して来なかった。一方で、女性は「この会社、面白そうだ」「この社長の考えに共感できる」とか、そういうシンプルな理由で応募してきてくれます。ですから、自然と女性の優秀な人が集まりやすい傾向にあるんです。
周りは職人のおっちゃんばっかりという東大阪の町工場エリアで、なぜかこぎれいな格好をした若い女性たちが歩いているという状況になった。
斎藤:「高野さんのところ何を始めたんだ」って、周りから浮いちゃいますよね。
高野:そうなんですけど、彼女たちは町工場で、すごく一生懸命やってくれるんです。事務系でも、納品が間に合わないときには工場に入ってくれて、きれいにネイルをしているような女の子が組み立てを手伝ってくれたりするとちょっと感動します(笑)。それで、昨年には「Morning Pitch Expo」で発表された「大企業で働く3000人に聞いた『働きたいベンチャー企業ランキング』」で1番に選ばれまして。びっくりしましたけど。
斎藤:そうでしたね。
約1年半で従業員が約50人に
高野:町工場が、働きたいベンチャーの1番に選ばれるなんてあり得ないじゃないですか。自分がやってきたことが実ったというか、すごくうれしかったですね。今、当社はすごいスピードで成長していて、1カ月でもまったく変わります。先日、初めて経理を募集したら、なんと全国からの応募が過去最高となり300人を超えました。
斎藤:すごいですね。それは募集枠は1人なんですか。
高野:はい。今、僕は最終面接しか立ち会わないようにしていますが、そこに勝ち上がってきた人たちには、経歴が本当にすごい人や、ものすごく高学歴な人たちがいたりする。すごくうれしかったですね。やっぱり、企業は人次第なんですよね。自分が一緒に働きたい、自分の夢を一緒にかなえたいと思うような人たちと共に仕事をしたいですね。
斎藤:今ちなみに従業員は何人くらいですか?
高野:今、DG TAKANOで17人、販売会社のDG SALESで30人くらいいます。1年半ほどで一気に従業員50人ぐらいのグループになりました。14年の春まで3人だったんですけどね。
斎藤:1年半で従業員数が10数倍ですか。
高野:拠点も仙台、東京、名古屋、大阪、福岡にできて、もう猛烈に忙しい。余裕も全然ないので、各拠点での人材採用は地方に任せて、最近は会ったことのない社員が増えてきた。それで初めて昨年の12月に全社のメンバーが集まって、合宿をやりました。うちの会社ってこんなに人がいたのかと(笑)。もうすごくうれしかったですね。
うちは、累積損失がどんどん減って今期でゼロになり、来期からは丸々利益を確保できるところまで来ました。会社員はやりたくないし、町工場もやりたくない。だから、自分で会社をつくって、食べていけることをめざしてきましたが、その目標は達成できたわけです。
斎藤:1億円までいった累積損失を埋め合わせ、売り上げも利益もプラスに向かっているわけですが、次の課題はどんなものでしょうか。
高野:この先、飛躍するためにどうすべきかと考えたときに、そこで初めて企業理念が必要だということに気付いたんです。それまでは他社のホームページで企業理念などを見ていても、「そんなこと本当は思ってないだろう」なんてちょっとバカにしていたんです。でもこの段階にきて初めてそれが必要だということが分かりました。
企業理念が会社を強くする
斎藤:それはどうしてなんでしょう。なぜ企業理念が必要だと。
高野:今まで、僕は社員にずっとお金の話ばかりをしてきた。いくら払うから来てほしいとか、いくら売ればインセンティブを支払うとか。お客さんに対しても、これを取り付けたら何カ月で回収できますよ、後は利益ですよと、お金の話しかしていなかった。
そうすると、全てお金の付き合いになるんですよ。ものすごくドライ。社員たちが、隣の人が困っていても一切助けないんですよ。最初の頃は会社といっても契約だし、そんなものかと思っていました。
でも、この会社のことが好きだとか、この会社のやっていることは社会貢献になると考えて、そういうところで働きたい、僕の考えに共感してくれて一緒に働きたいと言ってくれる人たちが入社してくるようになって見方が変わってきました。
斎藤:どんなことに気付いたのですか?
高野:そうした人たちのモチベーションってものすごく高いんですね。今考えると、お金だけの雇用関係って全然モチベーションが低い。会社全体の士気が高まれば、もっと強い組織になっていくということが分かったんです。
少し前に『がっちりマンデー!!』というテレビ番組に出たら、ファンレターが何通か届いたんです。「節水や『もったいない』という精神は大事です。すごく感動しました」とか「御社を応援します」みたいな内容が書かれてあった。
僕はこれまで、特に社会貢献を考えてこの仕事をやってきたわけではなかったのですが、そういう捉え方をしてくれる人もいるんだと気付いた。だから、もっとDG TAKANOのカラーを打ち出して、どんどんファンを増やしていかなければいけないと思ったんです。
そのときに、うちのカラーとは何なのかと自問しました。そこで、単なる節水ノズルの会社じゃだめで、何を目的とした組織なのかを決めなきゃいけない。そのときに初めて理念が必要だと気付いたんです。
次回は、節水ノズルという製品に対する思いや、世界に打って出るための体制づくりについて聞きます。
日経トップリーダー/藤野太一
※掲載している情報は、記事執筆時点(2016年4月)のものです