“起業大国”の米国でニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクール助教授を務め、「ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学」などの著書もある入山章栄氏。早稲田大学ビジネススクールで経営学を教える准教授でもある。日本の起業シーンを活性化させるための手法を経営学の視点から評価し、米国との比較を盛り込みながら解説する。(聞き手は、トーマツ ベンチャーサポート事業統括本部長、斎藤祐馬氏)
私の中では「Morning Pitch」はイノベーションに最も必要な場づくりの先駆けという印象です。地方の面白いベンチャー企業に東京や大阪の大企業が出資したり、事業提携をしていけば、もっと可能性が広がりそうですよね。
斎藤:起業を活性化するために、僕らは2方向からアプローチしています。1つは「Morning Pitch」のような起業家への支援、もう1つは起業家をサポートする大企業に意識改革を促す取り組みです。
まず、起業家への支援についてお話しましょう。地方のベンチャー企業にとって、重荷となるものは3つあります。1つ目は商圏の狭さ、2つ目はVCなどベンチャー企業の育成ノウハウを持っている支援者が東京に一極集中していて地方に少ないこと、3つ目が支援に回される資金がやはり大都市より少ないことです。
さらに、こうした課題を解決しようと上京しても、顔見知りもいない大都市では、すでにでき上がっている支援ネットワークの中に入り込むことができない。ここで、僕らが場をつくることによって、メディアや大企業、資金調達の金融機関などへの橋渡しをしようとしています。
入山:僕が米ニューヨーク州立大学バッファロー校のビジネススクール助教授をしていた頃に見聞きした話だと、シリコンバレーでも状況は同じだそうです。クライナー・パーキンス・コーフィールド・アンド・バイヤーズやセコイヤキャピタルのような著名VCも狭いコミュニティーで形つくられている。そこに入る人脈を持っているかどうかが、シリコンバレーで生き残れるかどうかという「人生の境目」だと。人脈がものをいうのは学者の世界でも同じなので、そういう感覚はよく分かります。
斎藤:僕らの仕事はいわゆる目利きです。地方の面白いベンチャー企業を見つけ出し、場を用意して、ネットワークという“応援団”を提供する。大企業や金融機関などの側からしても、すでに選別の終わっている優良ベンチャーと交流できるので、非常に有意義です。「デロイト トーマツ グループとの付き合いのあるベンチャー」ということで、安心してくれます。
「目利き」のいないマーケットは縮小する
入山:有象無象の異業種交流会で名刺を交換して、「私たちはすごいビジネスをしています」と言われても、検証できませんからね。取引をする当事者間で情報の格差がある状況で、学術的には「情報の非対称性」といいます。中古車市場と同じですよ。相手の言っていることを信用できないとマーケットは縮小してしまう。中古車市場は、実現する可能性のある規模より何割も小さいといわれています。「Morning Pitch」ではこの情報の非対称性の問題が解決されているから、イベントとしての知名度もどんどん高まっているんですね。
斎藤:「Morning Pitch」の定員はもともと150人で、今は180人に増やしました。それでも、枠が一瞬で埋まるんです。参加できない人のほうが多い。さらに、会場に来られなかった人も、Webサイトで登壇した会社をチェックするので、電話がたくさんかかってきます。
入山:米国の、ノースダコタとかアラバマみたいな田舎の“ポテンシャルはありそうだけど注目されない企業”に「シリコンバレーまで来てプレゼンしろよ。ヒューレット・パッカードとグーグルとアマゾン・ドット・コムがいるから」と言うのと同じですよね。シリコンバレーの起業家だけで完結するのではなくて。
斎藤:東京だけでなく、全国7拠点でやっていますし、シンガポールでも月1回は開催しています。先日はデロイトのイスラエル事務所と東京をテレビ電話でつなぎ、イスラエルの現地スタッフが開拓してきたベンチャー企業にプレゼンしてもらいました。今後はさらにインドやシリコンバレー、ロンドン、ニューヨークなどとも連携する予定です。
入山:世界に広がるデロイトのネットワークの大きさをうまく生かした仕組みということですよね。しかも、バーチャルではない、人と人との関係をベースにしている。その拠点を世界中につくるってなかなかできません。マッチング率の高い情報インフラをお持ちだということですね。普通のVCではできませんよ、こんなことは。
斎藤:起業の活性化でもう1つ大切なのが、大企業の意識改革です。新規事業開発の担当になるなど、起業というテーマが視野に入ったとき、起業家やベンチャー企業を育ててWin-Winの関係を築こうというマインドを持った人材を育てたい。大企業には知名度の高いブランドや全国の拠点という強力なインフラがあります。その社員という自分の立場を“利用”して起業の活性化に貢献してほしいのです。
支援者としての大企業に必要な人材の条件は3つあります。個人的なやりがいを自社のインフラを活用した仕事に見いだせること。その仕事を10年以上、続けようと腹をくくっていること。そして、目的を達成するために周りを巻き込む力があることです。
日経トップリーダー/名嘉裕美
※掲載している情報は、記事執筆時点(2016年6月)のものです