八面六臂 松田雅也社長(第2回)
インターネット経由でさまざまな食材を首都圏の飲食店に販売する八面六臂(東京・中央)。八面六臂はIT(情報技術)を武器に食材の流通に切り込んで効率的な配送を実現。2000~3000品目を個人経営の飲食店に提供して成長した。iPadを無償で供与してそこから受注する仕組みを実現し、顧客が一気に拡大。ベンチャーキャピタルなどもこの成長を評価して、5億円近くの資金調達に成功した。しかし、これが同社にとっては危機の始まりだった(聞き手は、デロイト トーマツ ベンチャーサポート事業統括本部長、斎藤祐馬氏)。
生鮮食品流通の存在意義
八面六臂の松田雅也社長。1980年大阪府生まれ。京都大学法学部卒業後、銀行などを経て2007年にエナジーエージェント(現・八面六臂)を設立して社長就任。11年4月から現社名に変更し、飲食店向けEC事業「八面六臂」を開始した
(写真:菊池一郎/以下同)
斎藤:八面六臂の仕事は地方の活性化にも貢献しているのですね。
松田:水産品などはサイズが小さかったり、水揚げ量が少なかったりすると規格外の商品として、ただ同然で売られたり、廃棄されたりします。しかし、個人店のオーナーは規格外かどうか、数が十分あるかに関係なく、旬のおいしい魚を求めている人が多くいます。
実はニーズがある食材が各地にあるのに、個人店のオーナーにその情報が伝わっていなかったケースがたくさんある。我々がその間をつなぐことで、新たな食材を飲食店に届けられるようになりました。ですから、地方経済にも多少の貢献ができていると思います。
斎藤:そこでは、八面六臂の役割は大きいですね。
松田:「食」は、生産者、流通、料理人(飲食店経営者)、消費者によって成り立っています。その中で、漁師や農家などの生産現場と、消費者の需要には極めて大きな変動があります。その中で、生産者が食材の生産に、料理人が調理(店の経営)に安心して集中でき、消費者においしいものを届けられるように需要と供給のバランスを調整するのが我々、流通業者の役割です。
人の勘だけに頼っていては、その重要な役割を十分に果たすことはできません。当社は生産量、天候、売れ行きなどさまざまなデータを基に需給を予測するシステムとオペレーションを持っており、その組み合わせこそ、他社がまねできない強みだと思っています。…
斎藤:松田さんは銀行勤務からベンチャーキャピタルを経て起業されましたが、当初は「食」とは関わりがない事業を手掛けていたのですね。
松田:2007年に26歳で電力事業者と需要家を仲介する会社を立ち上げました。しかし、当時は時期尚早で全く顧客が広がらず、運転資金を確保するために携帯電話の販売代理店をしていました。
そんなとき、銀行員時代の知人にある物流会社のIT関連子会社の設立を手伝ってほしいといわれて、その後、その会社の取締役になりました。自分の会社をいったん休眠させて、新しい会社でITにより物流を効率化するソリューションの開発に取り組み、事業は軌道に乗りました。
斎藤:何をきっかけに、食の分野に進むことにしたのですか。
松田:ITによる物流の効率化という仕事をする中で、水産物の流通に携わる人と知り合ったのです。仕事の進め方などを聞くうち、随分遅れている面があると感じました。これまで身に付けたITと物流のノウハウを水産物流通の世界で生かせないかと思ったのです。
再び独立して、自分の立ち上げた会社に戻り、水産流通について調べ、あれこれ考えました。2011年に社名を現在の八面六臂に変え、手探りで食品を扱う事業を始めました。
飲食店向けEC事業で急成長
斎藤:「食」とは畑違いの分野から参入した当初、鮮魚の知識をどのように身に付けたのですか。
松田:まずは自分で調べ、より専門的なことは、お客さまや飲食店の料理人に聞いたりして勉強しました。皆さんは職人で、1回聞いただけでは重要なことは教えてくれませんから、何度もしつこく聞き続けました。注文いただいたお客さまには配送ついでに質問をして、届けた魚についていろいろと教えてもらいました。
優れた料理人ほど科学的な知識もあり、経験だけでなく、理論的にどういう商品がいいのか、どうすればおいしく調理できるのかをよく知っていました。魚についてだけではなく、鮮度とは何かとか、江戸前と関西それぞれのおいしさの感じ方とか、食に関する知識を自分なりに納得するまで調べ続けました。
斎藤:そこから数年で、鮮魚の配送が急成長しました。
松田:当初は、お客さまに専用アプリを組み込んだiPadを無償で貸与し、そこから注文できるようにしました。すると、顧客数がどんどん増え、14年には食材を届ける飲食店が1000店を突破。当時は16年中に1万店まで拡大すると豪語していました。
ベンチャーキャピタルなどもこの成長を評価してくれて5億円近くの資金を調達し、新宿区に立派なオフィスを構えてシステム投資をし、人材もかき集めました。大手企業の物流部長や技術部長など年収1000万円級の人材を何人もスカウトし、ITエンジニアも10人以上採用しました。ピーク時には社員が50人を突破しました。
今考えると、お金の使い方を全く分かっていなかったですね。あんなオフィスを借りたりする代わりにやるべきことはいっぱいありました。
日経トップリーダー/吉村克己
※掲載している情報は、記事執筆時点(2017年10月)のものですが、2018年2月に一部の表現を変更しました