給与や報酬から天引きされる所得税を「源泉所得税」と呼びます。個人にかかる税金のため、会社が支払う税金のうち、法人税や消費税の処理には十分注意を払っていても、源泉所得税への対応が手薄になる場合があります。しかし、源泉所得税の納付義務は会社にあり、処理を間違えると会社にとって予期せぬ出費となりかねません。
源泉所得税は、給与計算ソフトなどで画一的な処理をしている場合、すべての従業員に同じ処理をしているため、1つの小さなミスで会社全体への影響額が大きくなることもあります。そこで今回は、見落としがちなポイントを紹介することにより、外注を利用する場合や従業員向けの制度を考える場合などに役立つ基礎知識を確認していきます。
源泉所得税と聞くと、真っ先に従業員の給与天引きを思い浮かべる人もいるでしょう。しかし、フリーランスのデザイナーやライターにデザイン料や原稿料などを支払う場合にも、源泉所得税の徴収が必要となります。つまり、社外の協力者から提示された請求書、あるいは依頼主である企業側から提示する支払明細は、きちんと所得税を天引きした額を支払う形になっている必要があります。
近年、フリーランサー向けのマッチングサイトやクラウドソーシングのプラットフォームが普及したおかげで、ちょっとしたデザインの作成や原稿執筆をWEB上で気軽に外注できるようになりました。件数が増えているだけに、うっかり源泉税を控除しないまま報酬を支払っている場合がないかチェックしてみましょう。
飲食店や小売店などで外国人スタッフを雇用しているケースも非常に増えてきました。外国人を雇用している場合、その外国人の国籍や居住形態によって源泉所得税の取り扱いや税率が変わってきます。
まずは原則を紹介しましょう。雇用した外国人が日本に住所を有している場合や、1年以上滞在するような場合には、日本人の従業員と同じ方法で源泉徴収することが必要となります。これに対して、一時的に滞在しているような場合には一律20.42%(復興特別所得税を含む)の税率で源泉徴収することになります。
原則だけで対応できればシンプルでよいのですが、実は日本と諸外国との租税条約や租税協定によって、上記とは異なる取り扱いになる場合があります。
例えば、中国から留学している大学生が生活費や学費に充てる程度のアルバイト代を受け取る場合には日中租税条約上では所得税が免税とされます。ただし、雇用主が源泉徴収をしないで済ませるためには「租税条約に関する届出書」という書類をあらかじめ税務署に提出しておく必要があります。
どのような場合に免税となり、どのような種類の届出書を税務署に提出しなければならないのかについては、専門的な判断が必要となりますので、税務署や税理士などの専門家に相談するのがよいと思います。
従業員の昼食代に源泉所得税?
福利厚生の一環として、会社が従業員に昼食を支給する場合があります。しかし、あまり大盤振る舞いすると、その昼食の支給が現物給与とみなされて源泉税の対象となる可能性があります。
実は、食事の支給には金額基準があり、従業員が食事の価額の半分以上を負担し、かつ補助金額が月3500円(税抜)以下の場合には所得税がかからないことになっています。それらの要件を満たしていない場合には、税務調査などで指摘を受け、源泉税の徴収義務者である会社が源泉所得税を納付する羽目になる可能性もあります。
なお、昼食ではなく、夜間残業するときに提供する「残業食」については、基本的に源泉税の対象とはなりません。深夜勤務者に夜食の支給ができない場合に1食300円(税抜)以下の現金支給をすることもできます。ですが、それ以外の場合に現金を支給すると全額が給与課税されてしまうので注意しましょう。現金支給を避けて、簡単な弁当などの提供にすれば、そのような心配もありません。
プレゼントキャンペーンにも源泉所得税?
自社の製品やサービスを広告宣伝するために懸賞クイズや抽選会を行うこともあるでしょう。そのような場合に個人に対して賞金や賞品を支給する際には、所得税の源泉徴収が必要となります。
例えば、当選者を旅行に招待するような場合は、原則として賞金などには含まれませんが、旅行に代えて現金や物品を選ぶことができる場合には、その金品の価額が賞金の額とされます。源泉徴収すべき額は、賞金などの額から50万円を差し引いた残額に10.21%(復興特別所得税を含む)の税率を乗じて算出します。したがって、支払う賞金などの額が50万円以下であれば、源泉徴収する必要はありません。
なお、商品券やギフト券などは券面額で評価されますが、それ以外の物品は通常販売価額の60%で評価されます。
「ハワイ社員旅行4泊6日」も課税の対象?
それでは、レクリエーションとしての社員旅行は源泉所得税の対象となるでしょうか。実はこれにも基準が存在します。旅行の期間が4泊5日以内であること、旅行に参加した人数が全体の人数の50%以上であること、以上2つの要件を満たせば、原則としてその旅行費用を旅行参加者の給与としなくてもよいことになっています。
ただし、これらの要件を満たす旅行であっても、自身の都合で旅行に参加しなかった従業員に金銭を支給する場合には、参加者と不参加者の全員に、その従業員に支給する金銭と同額の給与支給があったものとされます。ちなみに、海外旅行の場合の旅行期間は現地での滞在日数で判断されるため、4泊6日のハワイ旅行であれば、一般的には期間の要件を満たしていることになります。
今回紹介した以外にも、源泉所得税が登場する場面は意外とたくさんあります。源泉徴収で怖いのは、仮に税務調査などで指摘された場合、所得税を本来負担すべき従業員や個人取引先ではなく、給与や報酬などを支払っている会社が源泉徴収義務者として所得税を納付する必要があることです。事後的に従業員や個人取引先から納付した所得税を回収できればまだよいのですが、そうでない場合は会社側が負担することにもつながります。こうしたことを避ける意味でも、一度自社で採用している制度や経理処理方法を見直してみることは有用でしょう。