会社に勤務して給与を受給しながら、副業として講演や原稿の執筆などを行っている方も多いと思います。仕事をする傍ら、支払いを受けた原稿料については、通常雑所得となりますが、2022年分以後の所得税から、雑所得であっても請求書、領収書などの書類簿の保存義務が課される場合があります。
この場合には、電子帳簿保存法の電子取引に関する電子データの保存義務の適用となります。この雑所得を生ずべき業務に関する2022年分から適用される改正内容について見ていきましょう。
雑所得を生ずべき業務に係る所得税の改正
近年、シェアリングエコノミーといった新分野の経済活動が広がりを見せている中、国内のみならず、国際的にも適正課税の確保に向けた取り組みや制度的対応の必要性が課題として共通認識されています。
こうした中で、国税庁においては、課税上の取り扱いに関する情報発信や課税上問題があると見込まれる納税者に対する“お尋ね文書”の送付などの行政指導や厳正な調査の実施を行っているところですが、こうした取り組みを制度面からも整備する観点から、雑所得を生ずべき業務に係る申告手続きなどについて次の3つの改正が行われ、2022年から施行されています。
(1)雑所得を生ずべき業務を行う居住者で、その年の前々年分の雑所得を生ずべき業務に係る収入金額が300万円以下である場合には、簡便に所得金額の計算ができるように、いわゆる現金主義を採用することができることとなりました。
(2)雑所得を生ずべき業務を行う居住者で、その年の前々年分のその業務に係る収入金額が1000万円を超える場合には、納税者での適正な所得計算、課税当局での効率的な申告内容の確認ができるように、その者が確定申告書を提出する場合には、収支内訳書を確定申告書に添付しなければならないこととなりました。
(3)雑所得を生ずべき業務を行う居住者等で、その年の前々年分のその業務に係る収入金額が300万円を超える場合には、5年間、その業務に係る「現金預金取引等関係書類」を保存しなければならないこととなりました。
新分野の経済活動や取引の事例
この新分野の経済活動や取引の事例としては、例えば、デジタルコンテンツ、ネット通販・ネットオークション、暗号資産、ネット広告(アフィリエイトなど)、シェアリングビジネス・サービスなどがあります。
この中の例えば暗号資産については、暗号資産を売却または使用することにより生ずる利益については、事業所得などの各種所得の基因となる行為に付随して生じる場合を除き、原則として雑所得に区分され、所得税の確定申告が必要となります。
雑所得を有する者の現金預金取引等関係書類の保存義務
雑所得を生ずべき業務に係る雑所得について、従来、申告内容を証明する資料の保存義務は課せられていませんでした。従って、確定申告するに当たっては所得計算の基となる領収書などの資料を保存し、その資料に基づいて自ら所得計算して申告・納税するのが一般的でした。
近年のシェアリングエコノミーなど新分野の経済活動が広がりを見せている中、その特徴として、①広域的・国際的取引が容易、②足が速い、③取引の実態が分かりにくい、④申告手続きなどになじみのない⽅の参⼊が容易という傾向から、適正課税の確保の要請が高まりを見せていました。
納税者にとっては、申告内容の確認を受ける際の負担を軽減すること。また、客観的な資料の保存を求めることにより、自発的に適正な申告が行われる効果も期待できること。
課税当局にとっては、所得金額の把握をより正確に行えるよう、制度により申告内容の確認を効率的に進めることを可能とすること。
という観点から、納税者の書類保存に係る負担と課税当局における所得金額の把握をより正確に行う必要性とのバランスも踏まえて、以下の内容の改正が行われました。
雑所得を生ずべき業務に係る雑所得を有する者の現金預金取引等関係書類の保存義務…
その年において雑所得を生ずべき業務を行う居住者等で、その年の前々年分の雑所得を生ずべき業務に係る収入金額が 300万円を超える者は、雑所得を生ずべき業務に係るその年の取引のうち総収入金額および必要経費に関する事項を記載した「現金預金取引等関係書類」を保存しなければなりません(所法232②)。
この「現金預金取引等関係書類」とは、居住者等が雑所得を生ずべき業務に関して作成し、 もしくは受領した請求書、領収書その他これらに類する書類または自己の作成したこれらの書類でその写しのあるものは、その写しのうち、現金の収受もしくは払出しまたは預貯金の預入もしくは引出しに際して作成されたものをいいます(所規102⑦)。
居住者等は、現金預金取引等関係書類を整理して、その作成または受領の日の属する年の翌年3月15日の翌日から5年間、その者の住所地等または雑所得を生ずべき業務を行う場所その他これらに準ずるものの所在地に保存しなければなりません(所規102⑧)。
電子帳簿保存法の適用
上記の規定により現金預金取引等関係書類を保存しなければならない者は、電子取引の取引情報に係るデータ保存制度(電帳法第7条)の保存義務者に該当します。この保存義務者が電子取引を行った場合には、その電子取引の取引情報に係る電磁的記録を保存しなければなりません。
従って、現金預金取引等関係書類に通常記載される事項の授受を電子取引により行った場合には、その電子データを保存しなければなりません。
一方で、現金預金取引等関係書類以外の書類に通常記載される事項については、所得税法上保存義務は課されていないので、電子取引の取引情報(取引に関して受領し、または交付する注文書、契約書、送り状、領収書、見積書その他これらに準ずる書類に通常記載される事項(電帳法2五)には該当しないものとして、その取引情報に係る電子データについては保存しないとしても問題ありません。
ただし、その保存義務者が、その年において不動産所得、事業所得または山林所得を生ずべき業務を行った場合に、これらの業務に関して保存しなければならないとされている書類に通常記載される事項については、もちろん保存義務が課されます。
以上により、副業として行っている原稿執筆などの雑所得を生ずる活動について、電子メールやウェブサイト上などでやり取りを行っている場合には、2022年から、その取引情報に係る電子データを保存しなければならなくなりましたので、注意が必要です。
なお、2022年1月1日から2023年12月31日までに行う電子取引については、プリントアウトして保存し、税務調査などの際に提示・提出できるようにしていれば、電子データを保存していなくても差し支えない、改正電子取引データ保存制度への円滑な移行のための宥恕措置が講じられています。
[caption id="attachment_46358" align="aligncenter" width="600"] (出典:国税庁HP)[/caption]
執筆=松崎啓介
松崎啓介税理士事務所 税理士、一般社団法人租税調査研究会主任研究員。1984年~2008年財務省主税局勤務、税法の企画立案に従事(1998年~2008年、電帳法・通則法規等担当)、その後、大月税務署長、東京国税局 調査部特官・統括官、審理官、企画課長、審理課長、個人課税課長、国税庁監督評価官室長、仙台国税局総務部長、金沢国税局長を経て税理士登録。
主な著書に「コンメンタール国税通則法」(第一法規)、「もっとよくわかる 電子帳簿保存法がこう変わる!」「週刊税務通信(2022.2)電子取引制度 宥恕措置の概要と今後の電子保存対応」(税務研究会)、「月刊税理2022年3月号巻頭言 電子取引情報の電子データの保存への宥恕措置とやむを得ない事情」(ぎょうせい)、「旬刊経理情報2022.2.1号 改正電帳法の宥恕措置等の実務への影響」(中央経済社)、「中小企業が知っておきたい!電子帳簿保存法 ポイントと対応」(清文社)等書籍や記事を多数執筆。
監修=宮口貴志
一般社団法人租税調査研究会常務理事。株式会社ZEIKENメディアプラス代表取締役。税金の専門紙および税理士業界紙の編集長、税理士・公認会計士などの人材紹介会社を経て、TAXジャーナリスト、会計事務所業界ウオッチャーとして活動。