適格請求書等保存制度(インボイス制度)がスタートして半年以上が経過しましたが、スムーズに対応できているでしょうか。「自分は免税事業者なので関係ない」「適格請求書発行事業者の登録はしたけど、制度のスタート前とあまり変わっていない」と感じている方もいるのではないでしょうか。
現在は小売店や飲食店のレシート、領収書に登録番号が記載されているものをよく見るようになりましたが、個人的には心配していることがいくつかあります。1つは、取引においてインボイス制度を意識している事業者と、あまり意識していない事業者とに差があるように感じられる点です。
十分な理解が進んでいない事業者も多いのかもしれませんが、例えば、下請業者が作成した請求書の金額を「元請査定」などと称して訂正する慣習や、旧態依然として力関係による取引実態に合わせてやり取りしていた請求書を、そのままインボイスとして保存している方もいるのではないでしょうか。
インボイスとは、取引の相手方(この場合は下請業者)が仕入控除税額を証明するものです。下請業者が作成した請求書の金額を受取側が勝手に訂正したものを保存しても、インボイスの保存要件を満たしたことにはなりません。新たに下請業者から修正インボイスの交付を受けないと仕入税額控除ができなくなります。
2つ目は、営業担当者や経営者が自ら領収書などを確認し、確実にインボイスを受領する習慣がまだついていないような気がしています。
10月決算法人から順次、インボイス制度下での確定申告書の提出が始まっていますが、経理担当者はインボイスの記載要件を満たしたものと、それ以外のものを区分する作業に苦労されているのではないでしょうか。帳簿への入力方法も違いますから、実際にインボイスを受領する立場にある方は、せめて登録番号の記載の有無だけでも確認し、できれば確実にインボイスとしての記載要件を満たした領収書などを受領するように意識すれば、経理担当者の事務量が減って助かるのではないかと思います。
したがって、今からでも遅くありませんので、社内研修や社内周知を行い、社員の意識を変えることが大切だと思います。
慣れない事業者は徐々に定着を図ればよい…
3つ目に、最近分かった例を紹介します。免税事業者である不動産のオーナーが課税事業者に事務所、駐車場あるいは店舗などを貸している場合において、インボイス制度下になっても、賃借人である課税事業者からは意外とインボイスの交付を求められていません。また、賃借料の値下げ要求もないと聞いています。
2026年10月1日には、経過措置で認められている80%の仕入税額控除が50%になります。現状において免税事業者である賃貸人は、この直前に賃借人である課税事業者から適格請求書発行事業者への登録要請や賃借料値下げを要求され、あわてないようにしてほしいと考えています。そのためには次の契約更新のときなど、できるだけ早いタイミングで双方がよく協議していただくとよいでしょう。
インボイス制度は、改めて多くの事務量が発生するものでもありません。消費税導入のときと同じように、徐々に慣れていくしかないと思っています。
国税当局は、インボイス制度における適格請求書の保存や帳簿の記載をターゲットとした調査は行わないとしています。インボイスの記載要件に不備のある請求書などを保存していた場合は、他の書類で確認したり修正インボイスの交付を依頼したりして、記載要件を具備させる対応をとるなどの運用が示されています。ですから、帳票や帳簿がインボイス制度に対応したものになるように、徐々に定着を図っていけば大丈夫だと考えています。
インボイス制度のスタートにより、免税事業者だった方が適格請求書発行事業者の登録を行い、「2割特例」を適用して初めて消費税の確定申告書の提出を行ったり、これから提出したりする方もいるのではないかと思います。「2割特例」は、免税事業者だった方が適格請求書発行事業者になった場合の負担軽減措置です。次回は、この「2割特例」について分かりやすく説明します。
執筆=名取和彦
税理士 名取和彦税理士事務所所長 (一社)租税調査研究会主任研究員
東京国税局課税第二部統括国税調査官(間接諸税担当)付総括主査、東京国税不服審判所 国税副審判官、税務大学校総合教育部教授、東京国税局総務部税務相談室主任税務相談官、同局成田税務署副署長、仙台国税局築館税務署長、東京国税局大森税務署長等を経て、2021年7月退職、同年8月税理士登録。
監修・編集=宮口貴志
一般社団法人租税調査研究会専務理事・事務局長。株式会社ZEIKENメディアプラス代表取締役、TAXジャーナリスト、会計事務所ウオッチャーとして活動。元税金専門紙・税理士業界紙の編集長。
*一般社団法人租税調査研究会(https://zeimusoudan.biz/about)
法人税、源泉所得税、所得税、消費税、印紙税、資産税、酒税・揮発油税、関税、国際税務、公益法人、査察、事務訴訟などの各税務分野の国税出身税理士を招集し、会計事務所向けに相談・教育などを手掛ける団体。現在、在籍する研究員・主任研究員は56名。会員会計事務所は約100会計事務所。