「相続」を話題にする機会といえば、別々に暮らしている家族が一堂に集まる夏も多いのではないでしょうか。今夏はコロナ禍後、久しぶりの帰省という方も少なくないでしょう。「相続」に自己がかかわるのは、通常、「親や配偶者(被相続人)」が亡くなり、その相続人の1人となる場合と、自己が死亡し被相続人となる場合です。
何が起こるか分からない昨今、「相続(相続税)」や「贈与」などの相続対策について、「もっと話し合っておけばよかった……」とならないように、家族の皆さんがそれぞれ存命のうちに話し合っておくことをお勧めします。
相続財産を相続(取得)した相続人が納付する「相続税」は、「相続税の基礎控除の金額」以下の「相続財産(評価額)の合計額」であれば課税されず、税務署への申告も必要ありません。相続税の「基礎控除額」は、一律の金額(3000万円)に相続人の人数で加算される金額(1人600万円)で計算されます。
例えば、父(被相続人)が亡くなり、相続人が母(配偶者)と子ども2人(長男・長女)の場合、相続人数は3人で3000万円+(600万円×3人)=4800万円となります。ちなみに、子の子ども(親にとっては孫)は代襲相続人(子が既に亡くなり相続権を失っているときに相続人となること)となる場合を除き、基礎控除額の計算上の相続人(法定相続人)とはなりません。
「相続財産(評価額)」の金額は、国税庁が定めた「財産評価基本通達」で、財産の種類ごとの具体的な評価方法などに基づいて計算した評価額となります。例えば、被相続人が居住していた居宅とその敷地の相続税の評価額は、「売ったらいくらになるか」ではなく、建物価額は「固定資産税の評価額」、土地は各国税局が公表している「路線価図」や「(固定資産税の評価額に掛ける)評価倍率表」を基に個々の評価額を算出します。
相談時には、
①固定資産税の通知書
②預貯金残高が分かるもの(通帳など)
③有価証券の取引明細書
④生命保険金が分かるもの(保険証書など)
⑤ゴルフ・リゾートホテル等の会員証
などを用意して、相続財産の金額を試算して良いと思います。
相続の際は、相続税の申告の有無に関係なく相続手続きが必要で、相続人全員による相続財産の分割を行う必要があります。「遺言書」があれば遺言書の検認等確認手続きが必要となります。民法では法定相続分(上記の場合、配偶者:1/2、長男:1/2×1/2=1/4、長女:1/2×1/2=1/4)が規定されていますが、相続人全員の同意があれば、同意した分割方法や割合で自由に相続できます。
暦年課税と相続時精算課税…
最近は「相続」を「争続」と表記して警告する人も少なくありません。というのも、相続税の規定には、不動産評価の特例(小規模宅地の特例:土地の評価額が一定面積を限度として20%または50%に減額される)や、事業承継の特例(事業承継税制:対象の非上場株式等についての相続税および贈与税の納税猶予および免除)など、評価額や納税額に影響がある特例の適用にはさまざまな要件があります。一家で相続前から長期的な観点で話し合っていなければ判断できないものもあり、被相続人の死亡日から10カ月後の相続税の申告期限(例えば死亡日が2024年7月1日の場合、申告期限は2025年5月1日)までに分割できずに「争続」リスクが高まる点も要因の一つのようです。
相続前に行える「相続税対策」として、①「現金」で残すのではなく相続税評価額が(時価より)低い「不動産」に変えて所有する、➁「生命保険契約」を締結し、保険料(現金)を支払うとともに保険金の非課税(500万円×法定相続人数)を使って申告する、などがありますが、③贈与税の非課税を利用した「相続時精算課税」を使い、子に贈与するのも有用だと思います。
贈与税は、年110万円の基礎控除内であれば申告不要となる「暦年課税」がよく利用されていますが、令和5年度税制改正により、相続時に加算される期間が相続開始前3年以内から7年以内に延長され、加算金額が多くなりました。
もう一つの贈与として、贈与税の申告により特別控除額の2500万円まで贈与税の負担はありませんが、贈与者の相続税の申告の際にはその贈与申告の財産額を相続財産に加算する「相続時精算課税」があります。こちらは令和5年度税制改正により、毎年110万円までは贈与税の申告をする必要がなく、申告不要の金額を相続財産に加算する必要もない控除が新設され、使い勝手がかなり向上しました。
例えば、親(贈与者:60歳以上)が相続前の7年間、年110万円の贈与を子(受贈者:相続人20歳以上)2人にしていた場合、暦年課税であれば1540万円(770万円×2)が相続財産に加算されます。2人とも「相続時精算課税」で申告していた場合は、「暦年課税」と同じく毎年の申告は不要ですが、相続財産に加算する金額はなく、その差は1540万円となるわけです。
これまで「暦年課税」の基礎控除を利用して20歳以上の受贈者に贈与していた60歳以上の贈与者の方は、「相続時精算課税」への変更をお勧めしたいと思います。
執筆=坂本明美
国税庁勤務の後、東京局管内税務署で資産税事務に従事。同局課税一部機動課初の女性主査として多くの相続税調査を手掛け、資産税課実務指導専門官、監察官、副署長、資産税調査特官、局主任相談官、関東信越国税局桐生税務署長等歴任。2018年退官。同年8月税理士登録。一般社団法人租税調査研究会主任研究員。
監修・編集=宮口貴志
一般社団法人租税調査研究会専務理事・事務局長。
税務・会計・税理士をテーマに雑誌の作成やニュースサイトなど運営を手がける株式会社ZEIKENメディアプラス代表取締役社長。元税金の専門紙及び税理士業界紙の編集長、税理士・公認会計士などの人材紹介会社を経て、TAXジャーナリスト、会計事務所業界ウオッチャーとしても活動。
*一般社団法人租税調査研究会(ホームページ https://zeimusoudan.biz/)
専門性の高い税務知識と経験をかねそなえた国税出身税理士の研究員・主任研究員が、会員の会計事務所向けに税務判断及び適切納税を実現するアドバイス、サポートを手がける。現在、在籍する研究員・主任研究員は56名。会員会計事務所は約100会計事務所。