「おひとり様グルメ」のシリーズ8回目は、お正月の準備に慌ただしさを見せる京都へ。錦市場商店街を東へ抜けた新京極の大衆食堂「京極スタンド」(通称=スタンド)をご紹介します。
京の台所・錦市場のにぎわい
錦市場は、京都の繁華街を東西に貫くメーンストリート・四条通の北側に並行する、錦小路の両側に広がる市場。京野菜や魚介類をはじめ、精肉のほか、総菜、漬物といった加工食品、皿小鉢などの生活雑貨に至るまで、多種多様な店舗が軒を連ねます。
錦市場の始まりは江戸時代初期の1615(元和元)年。以来400年以上にわたり、「京の台所」として京都の食文化を支えてきました。市場には、京料理の老舗がひいきにする卸売店のほか、市民や観光客が気軽に買い物を楽しめる小売店もあります。
師走も押し詰まってくると、市場の品ぞろえは迎春ムード一色に。京都の正月料理には欠かせない頭芋(かしらいも)や数の子、棒だらのほか、白身魚を昆布で巻いた「龍飛(りゅうひ)巻き」や店頭で焼き上げる卵焼きなどを買い求める行列ができ、道幅が10尺(約3.3メートル)で長さが400メートルという細長い通りは、買い物客であふれ返ります。
古くて新しい「新京極」
市場の人混みから逃れ、錦小路を東へ抜けたところにあるのが錦天満宮です。奉納された数々のちょうちんが参拝客を迎えます。この辺りを「新京極」と呼び習わすようになったのは明治時代の初期とのこと。目当ての店「京極スタンド」は、錦天満宮の南側に店を構えています。
京極スタンドの店構えは、昭和モダンな雰囲気を今に伝えるタイル貼りのファサードと食品サンプルが並ぶショーケース。店のルーツは、1927(昭和2)年にオープンした洋食店です。その洋食店の店主は、1923(大正12)年の関東大震災をきっかけに、東京・浅草から京都に移り住んだといわれています。人の出入りで木材の角が取れ、円くなった引き戸を開けてのれんをくぐる人は観光客が半分、地元の人が半分といったところでしょうか。
間口は狭いが、店内は意外に広い…
京都の町家は間口が狭く奥行きが長い「ウナギの寝床」と呼ばれる細長い敷地に建てられていることが多く、京極スタンドも店内は細長い造りになっています。入って右側には大理石のカウンターが奥に伸び、左側には3人から5人程度で囲める円卓とスツールを組み合わせたテーブル席が並びます。
意外な広さに驚きつつテーブル席へ。午後3時という時間帯にもかかわらず、満席状態。しかし店内では自然に席を詰め合う気配があり、テーブル席の一角に導かれました。この店では、ごく当たり前のように、相席が暗黙のルールになっています。
取材の日、天井近くに置かれたテレビから流れていたのは大相撲中継。会話を楽しむための配慮からか、音量は控えめ。有線のBGMなどはなく、店内に飛び交うのは、注文を取る声とグループ客の会話。壁の隙間という隙間を埋め尽くすように並ぶメニューの数は、ざっと70種類。樹脂製の板にアクリル絵の具で手書きされた文字が躍ります。店内の昭和ムードと相まって、居心地の良い気分に浸れます。
丁寧な仕事がうれしいフードの数々
オーダーしたのはドリンクと、「ハムかつ」(500円)「自家製コロッケ」(600円)「牛ステーキ」(740円)の単品を3皿。「きずし(しめさば)」(580円)「カボチャ煮」(400円)「おでん」(550円)といった和風の総菜もそろいますが、同じテーブルの先客が注文していた洋風総菜がおいしそうだったこともあり、釣られて食べたくなりました。
待つほどもなく3皿がテーブルへ。ハムカツのハムにはしっかり味が付いてあり、衣には甘口の味付けを感じました。ソースの辛さと溶け合うことで深い味わいが楽しめます。自家製コロッケの中身は、ジャガイモとミンチ肉。ボール状とあってボリューム感が抜群です。ニンニクをあしらった牛ステーキには甘辛風味のソースがかかり、丹念な筋切りで食べやすく仕上がっていました。いずれも丁寧な仕事を感じます。
京都の味付けは薄味で、色味が薄い薄口しょうゆを好むといいますが、この店では下味もしっかりならソースも濃厚。横目で観察してみると、和風総菜もしょうゆの色合いが濃いめでした。らしからぬところは、やはり店のルーツが東京にあるからなのでしょう。長年にわたりこの店に勤めているという女性スタッフが、「古くから出さしてもろてるメニューは、見た目も味も昔のまんま。関東風やね」と教えてくれました。
スマートに相席を
円卓で同席したのは、錦市場で鮮魚店に勤めているという30代くらいの男性と、銀髪を小さくまとめた70代らしき女性。2人はお互い「おひとり様」で店を訪れ、生ビールのジョッキを片手に午後の「一杯」を楽しんでいました。
見知らぬ3人が集まり円卓を囲むというシチュエーションですが、2人はさりげなく皿を自分の手前に寄せたり、取り出した手拭いでテーブルの滴を拭いたりと、スマートに歓迎してくれました。さりげなく適度な距離感を保つコツは、狭い街に肩を寄せ合うように暮らしてきた京都人を見習いたいところ。この店で行き交う人々を観察する面白さも、京極スタンドの醍醐味の1つかもしれません。
・取材店
京極スタンド
http://sutando.aa0.netvolante.jp/
京都市中京区新京極通四条上ル中之町546
阪急京都線「河原町」9番出口徒歩1分
12:00~21:00
火曜定休
075-221-4156