同地区の観光客数は、年間300万人以上(H27・倉敷市調べ)。国内のみならず、世界各国から訪れた人々が古き良き日本の都市の景観をめでながらそぞろ歩きを楽しむ様子は、1970年代の小京都ブーム、80年代にかけての「アンノン族」ブームを経ても変わらぬ人気ぶりを見せつけています。
こうした景観の維持には、官民一体となっての努力が続けられてきました。市が一帯のエリアを特別美観地区に指定したのは1969(昭和44)年のこと。1979(昭和54)年には、文部省(現在の文部科学省)も同エリアを「重要伝統的建造物群保存地区」に選び、私有地であっても建物などの取り壊しや改修、新築には一定の制限や努力義務を設けています。
市では2014年、美観地区の周辺エリアなどにも幅を広げて古い街並みの保存と伝承を目的に「倉敷まちづくり基金」を創設。地域の魅力向上やにぎわいの創出に寄与する市民活動の支援に乗り出しました。
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入り口はここだけですが……[/caption]
2015年10月にオープンした「常衛門食堂」は、倉敷駅から程近く、ビジネスホテルなどが立ち並ぶエリアからすぐの立地にあります。和風の庭が付いた2階建てとなっており、まさに民家の外観です。狭い路地を進んだ先にあります。路地裏物件が少なくない倉敷でも、第一級レベルの見つけにくさです。
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ほっとひと息つける、常衛門食堂[/caption]
板扉が60センチ開いていれば営業中。路地から庭を伝って店内に入ると、「場所、分かりましたか?」と店長の八束しずかさんが迎えてくれました。同店は、「いつでも、どんな場面でも気軽に使える食事処(どころ)」をコンセプトに据え、家庭料理をベースに和風洋風の手作りメニューを提供しています。
しずかさんを支えるオーナーシェフは、美観地区でフランス料理店「フチューラフルール」(船倉町)を運営する夫の雄(たけし)さん。「常衛門」という屋号の由来は、店に転用した民家を建てた原田常衛門さんの名前をもらったといいます。
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雄さんの趣味、酒器コレクション[/caption]
店を「町の台所」に
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夫婦の厨房スペースから2階へ上がってみましょう[/caption]
「観光客が多い土地柄ですので、倉敷で目立つのはラーメン店やイタリアン。私の店にしてもフレンチだし、とりわけ美観地区では地元の人が普段の外食に使える店が少ない」と雄さん。「自宅の台所と同じ感覚で、町の台所として気軽に使ってもらえる店を開きたいと考えた」と振り返ります。
メニューは、カニクリームコロッケ(400円)や卯(う)の花、だし巻き(いずれも200円)、ポテサラ(150円)、などの一皿料理が中心。ご飯(150円)とみそ汁(100円)、もしくは生ビールやグラスワイン、日本酒(いずれも500円)を組み合わせ定食風にするのが一般的です。
30席ほどある席のメーンは、庭園を見下ろす2階の座敷。座敷へは階段の上り下りが必至です。常連客や高齢の客などの中には、「ここでいいよ」とばかり、しずかさんが立ち働く厨房前の調理台に陣取る人も少なくありません。
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見晴らしの良い2階席で、家庭料理を味わえます[/caption]
おひとり様を誘う路地
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食堂厨房で働く店長のしずかさん[/caption]
「町の台所」として利用してほしいと話すお2人は、価格や食材への気配りを怠りません。毎日の仕込みの中でコロッケやスイーツに至るまで作りたてを提供しています。コメは岡山県産で、野菜は地元の人が持ち込む食材を見てからメニューを決めるなど、工夫も欠かせません。しずかさんは、「メニュー表にはない、その日のお薦め「黒板メニュー」にもぜひ箸を伸ばしてくださいね」と笑顔を見せていました。
「だし巻きをアテに一杯だけ」。風のように来店して去っていく客を「またどうぞ」と丁寧に見送るしずかさん。ぬれた手を拭きながら腰をかがめる様子にほの見える「町のおふくろ」としての温かさもまた、おひとり様が路地の扉をくぐる理由の1つかもしれません。
・取材店
常衛門食堂
https://www.facebook.com/常衛門食堂-eatery-Tsuneemon-428396227345771/
岡山県倉敷市阿知2-22-2
JR「倉敷」南口より徒歩8分
11:00(多少前後する場合あり)〜21:00(ラストオーダー)
月曜定休
086-441-0375