この一帯には、江戸幕府が管理していた大坂、京都と合わせて三御蔵と呼ばれた広大な米蔵がありました。明治・大正期には、江戸前の料亭や柳橋芸妓(げいぎ)が華やかに街を彩っていた歴史のあるエリアです。現在の街の風情は関東大震災、東京大空襲を経て復興した姿ですが、それでも、通りの柳や古い建物などに往時の面影を感じ取ることができるでしょう。現在では近隣の浅草橋と並んで、雑貨やクラフト好きが訪れたくなる、こだわりの店が続々誕生しています。
店前のウィンドウには食い道楽で有名な池波正太郎氏のエッセー本『新しいもの古いもの』が飾られ、洋食大吉を評したページに「これはまさに、戦前の東京下町の洋食屋である」との一文が読み取れます。脇に置かれたランチタイムメニューを見ると、結構な数のメニューの中にビーフの文字もしっかり確認できます。これは今回の気分にピッタリとワクワクしながら、地下へ。アルコール消毒を済ませたら、さぁ入店です。
「入って見て、食べて見て、一瞬、私は戦前の東京へ引きもどされたかのようなおもいがした」と著作の中で池波氏が記した店内は、テーブル席にチェック柄のクロスがかけられ、ザ・ビートルズのBGMが心地よく流れています。個々の席は少し余裕を持たせた配置ですが、聞けばコロナ禍に関係なく、以前からの配置だそうです。
創業当初は1階路面でガラス張り、大きな窓からは厨房も見えたそう。その後、現地がビルに建て変わる時に現在の地階へ移ったとのことですが、それでも店の雰囲気はそのまま、日常使いの常連が絶えないというのも納得です。昭和レトロが写真映えするのか最近では新規客も増えてきたといい、創業50年を迎えて、ますます地元客に愛される店づくりをされていると感じられました。
ランチタイムのサービスメニューには、エビフライやハンバーグ、クリームコロッケなど魅力的な洋食メニューが並びます。
「岩中ロースカツ」には、「宮中に献上し、礼状が届いた逸品のロース肉」という言葉も添えられ、魅力的です。岩中ポークといえば、東京食肉市場銘柄豚の第1号で、特定病原菌がいないSPF豚農場生まれのブランド豚。しかし、ここは初志貫徹、食肉の目利きがそろえたという「黒毛和牛肉」のメニューから選びます。
黒毛和牛でいただける料理は、ビフテキ、うす焼き(大根おろし付き)、ビーフカツ、ハヤシライスの4種類。この中から、新年の開運を懸けて「ビーフカツ」(2000円)をオーダーすることにしました。運ばれてきた皿には、特製ソースのかかったビーフカツ、付け合わせには千切りキャベツ、トマト、キュウリ、マカロニサラダが盛られ、これぞ洋食屋さんの定番といったビジュアルです。サービスランチは、これにライスと味噌汁が付きます。
[caption id="attachment_38218" align="aligncenter" width="400"] 肉質が良いというだけあって、ペロリと食べられる黒毛和牛のカツ[/caption]
洋食大吉のビーフカツは良質のリブロースを適度な厚みでカットしてあります。箸で持ち上げた途端、その柔らかさが箸に伝わってきて驚きます。口に運ぶと、衣はカラッとしてサックサク、肉はジンワリとうまい。衣で肉のうま味を閉じ込めたビーフカツなので、肉の味をより濃く感じることができます。もちろん脂身は少な目です。
[caption id="attachment_38219" align="aligncenter" width="400"] どろりとしたデミグラスソースと相まって満足できる[/caption]
[caption id="attachment_38220" align="aligncenter" width="400"] 付け合わせのサラダには、野菜のうま味が溶け込んだウスターソースがよく合う[/caption]
おいしい肉を安く仕入れて提供したい
肉質がいいのにこの値段は破格。料理長の川島さんに聞いたところ、こう説明してくださいました。
「できるだけ、おいしい肉を喜ばれる価格でお客さまに食べてほしいと、芝浦の食肉市場に直接仕入れに行き、卸価格に近い値段で提供しています。古くからの取引だからこそ、できることかも知れませんね。また、今のところ、宅配の外注は考えていません。だって僕らがせっかく安く食べてもらえるように努力しているのに、お客さんに配達代を持たせてまで宅配業者を使うのは、結果的に支払いが高くなっちゃうでしょう。安く食べられないのは嫌だからね」(川島さん)
見ると、白衣の襟には、かわいらしい金のピンバッジが光っており、とってもおしゃれです。「これ、お客さまからの贈り物なんです。食べ物の差し入れをいただくこともとても多いんですよ、僕らがお客さまに食べ物を提供しているのにね」と、くしゃっと親しみ深く笑います。
宅配はしないけれどテークアウトはOK
黒毛和牛を使ったメニューは「ハヤシライス」なら1350円でお得に食べられます。たくさんの野菜を使い、長時間煮詰めて作る自家製デミグラスソースに、牛肉と玉ねぎ、マッシュルームを加えたハヤシライスは、シンプルですが深い味わいです。ソースポットからかけて食べるスタイルで、食事の時間をゆっくりと過ごすことができます。
[caption id="attachment_38221" align="aligncenter" width="400"] 洋食の定番ハヤシライス。ご飯の上にかけてジックリ味わおう[/caption]
「以前は、本当に相席で混み合っていて心苦しかったけれど、今は少し落ち着いて食べることができるようになってると思います。新しいお客さまが増えているのは良かったかな。有名人や偉い人でも、もっと高くておいしい料理がいっぱいあるのに、ウチのコッテコテの洋食を食べに来てくれるんだから、ありがたいですよね」と川島さん。古くからの客筋には、芸妓さんに踊り・小唄の先生、お相撲さんに政界の方々まで、多くの方々が名を連ねています。そして、昔も今も全メニュー持ち帰ることが可能です。
[caption id="attachment_38222" align="aligncenter" width="400"] キッチンでは、2代目の料理長が腕をふるう[/caption]
来てくれるお客さまがいる限り店は開けておきたい、という言葉通り、月の休みは2日だけ。ランチタイムは14時までという店も多い中、今は期間限定で17時までに延長されているので、遅めの入店でもサービスランチがいただけます。昭和を感じる温かい下町の洋食屋で、うまい食事と穏やかな時間を楽しみましょう。
※文中にある金額はすべて税込み価格です
※掲載している情報は、記事執筆時点(2021年1月)のものです
[ 洋食 大吉 ]
東京都台東区柳橋1丁目30−5 ドヌール柳橋弐番館B1
03-3866-7969
◆都営浅草線A6出口から徒歩2分・JR総武線「浅草橋」駅から徒歩4分
◆営業時間
[月〜金]ランチ11:30〜15:00(LO14:45) ディナー 17:30〜22:00(LO21:20)
[土・日・祝]ランチ11:30〜15:00(LO14:45) ディナー 17:00〜21:00(LO20:20)
※期間限定でランチタイムを17時まで、ディナータイムを20時までに変更中。
(終了未定。お問い合わせください)
・定休日/毎月第2・第4土曜日
◆Webサイト
食べログ:https://tabelog.com/tokyo/A1311/A131103/13016916/