上野駅から徒歩5分。八代将軍 吉宗公の時代、江戸前の良質なうなぎが捕れたことから上野池之端の辺りには、多くのかば焼き屋が立ち並んでいたそうです。その頃から300年以上、のれんを守り続けている店、それが今回訪れる老舗「伊豆榮 本店」です。
江戸前といえば「すし」「天ぷら」「そば」そして「うなぎ」を思い浮かべますが、「江戸前」は、もともとはうなぎの代名詞として使われた言葉だといいます。江戸から令和へと、戦争や震災を乗り越えて引き継がれる「伊豆榮」の味は、多くの芸人さんや名のある文豪を魅了してきました。さて、楽しみにしながら、店に入ってみましょう。
春は桜で有名な上野恩賜公園。7月中旬から8月の夏の時期は、不忍池に咲くハスの花が見どころです。ふらりと店を訪れても食べられますが、この時期はあらかじめ、不忍池が見渡せる席を電話で予約しておきましょう。もし数人で訪れるなら、別料金で利用できる個室が安心です。目の前に広がる不忍池は、青々としたハスの葉と桃色に咲くハスの花のまぶしさで、写真愛好家も納得の美しさです。風景に見とれていると、外の暑さを忘れてしまうほどすがすがしい気分になりました。
席に着き「うな重」のメニューを見ていて気付いた点が1つ。「松竹梅」の「松」と「梅」の扱いが一般的な店と異なり逆で、「松」3300円、「梅」5500円と梅のほうが高く値付けされています。この理由について9代目・好美女将に尋ねると「本当のところは不明」と前置きしつつ、店では最初からこの順だったといいます。1番価格を抑えたうなぎでも客が威勢よく頼めるようにという、江戸っ子特有のしゃれた配慮なのかもしれませんね。
「うちは関東風の背開きです。武士の町ですからね、切腹をイメージさせる腹開きにはしなかったようです。蒸した後は炭火で丁寧にうなぎを焼き上げます。すると皮は香ばしく、身がふわっとした独特の食感になります。また、たれはしょうゆとみりんで江戸っ子好みの甘辛い味に仕上げているのも特長です」
なるほど、と今回は真ん中の「うな重・竹」(お吸い物・香の物付/4400円)をオーダー。お吸い物は330円を追加し、「肝吸い」に変更しました。不忍池を眺めながら江戸の町や店の歴史に思いをはせつつ、ゆったりと過ごして約20分、お目当ての「うな重」が運ばれてきました。いよいよ、伝統の味とのご対面です。
店で提供されるのは三河一色産、愛知・矢作川(やはぎがわ)の清浄な河川水を利用して、より自然に近い環境での生育にこだわったブランドうなぎ「三河鰻咲(みかわまんさく)」です。おいしく生きのいいうなぎを探していて、この三河一色産のうなぎにたどり着いたそう。
重箱のフタを開けると、下のご飯がのぞくことなく、箱の隅までしっかりうなぎの身が広がっています。フワッと立つ香りに食い気がはやり、まずはひと口と箸を入れました。つまむと締まりを感じる身、たれの染み込んだご飯を一緒に頰張ります。脂の落ちた焼き加減でふっくらと仕上がったかば焼きに、コクの深いたれ、粒の立ったご飯が相まって口の中が幸せでいっぱいに。これは絶品、通い詰めるファンが多いのもうなずけます。
[caption id="attachment_41036" align="aligncenter" width="400"] かば焼き、たれ、ご飯の完璧な三重奏に時を忘れる[/caption]
肝吸いと追いだれでうま味倍増
プリプリッとした食感が楽しい「肝吸い」もいただきましょう。身よりも栄養価が高いという「うなぎの肝」にはビタミンAが豊富に含まれています。目や肌を健康に保ち、のどや鼻の粘膜の抵抗力を高める効果があるといわれているので、精を付けておきたい夏にこそ食べておきたい食材です。
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育ちの良さが、プリッとした肝の形に表れています[/caption]
「お好みでたれを追加して食べてみてくださいね」という女将の言葉を思い出し、半分食べたところで「追いだれ」を試してみました。砂糖不使用とあってか、たれはサラサラとかば焼きにかけ回すことができます。好みでたれの加減を調節し、さんしょうをパラっと振り掛け、肝吸いをすすりながら食事再開。うなぎのうまさに飽きることなく味わうことができて、最後まで満足しました。
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しつこくならないサラッとしたたれが伊豆榮の特長の1つ[/caption]
さて、このたれを戦争や震災の際に、どのように保管してきたのかとても気になりました。聞けば、店舗はその間も無事だったといいます。
近隣には家康公・吉宗公と共に、現在放送中の大河ドラマ「青天を衝け」でも話題の慶喜公を祭る上野東照宮があります。社殿は上野戦争(戊辰戦争の戦闘の1つ)、関東大震災、東京空襲でも被災を奇跡的に免れたことから、その強運にあやかろうという参詣者が多いと聞きます。もしかすると、ここ「伊豆榮」の本店に長年通うファンには、どこかそんな店の強運にあやかりたい気持ちがあるのかも、と思いました。
ともかく、店の命ともいうべきたれは職人が毎日火入れを続けながら、傷むことなく今日まで受け継がれています。
テークアウトならうなぎ入り「四季弁当」を
駅弁代わりに手作りの弁当を買って帰るのもおすすめです。割烹(かっぽう)ならではの多種多様な弁当から、値段も手ごろで店自慢のうなぎが入った「四季弁当」を見つけました。
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なんとも愛嬌(あいきょう)のあるイラストは、上野のれん会発行「うえの」誌の編集人・大内秀夫さん画。弁当箱は電子レンジ加熱ができる優れもの[/caption]
席の紙マットにも描かれている、かわいらしいイラスト付きの「四季弁当」(1500円/要予約)は、食材を彩り豊かに詰め込んだ弁当です。和食が得意な割烹ならでは、うなぎにえび、東寺巻きに卵焼き、煮物に草団子とおかずの種類が豊富、どれも手が込んでいます。この価格でうなぎも味わえるとあって、食通の多い地元の会合などでも利用されることが多いといいます。
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17種もの具材が入り、彩りよくボリュームたっぷりの「四季弁当」[/caption]
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笹に巻かれた団子には、ごま味噌あんがとろりと[/caption]
「おいしいのは当たり前」生き続ける職人魂
コロナ禍は、老舗ののれんにも強風を吹き付けました。「店を閉めた(最初の)緊急事態宣言中の2カ月間、最も苦労したのは大切な職人たちを守ることでした。しかし、コロナ禍は悪いことばかりでなかったとも感じています。絶対に続けてほしいとお客さまの声をたくさん寄せていただけたこと、私たち料理人が皆さまのお役に立つことが何かを考え、実行できたことは良かった」と女将は振り返ります。
その時期、コロナ禍前から既に定着していた「弁当」の価格を下げて配達範囲を広げました。また、子どもの昼食作りに苦労する母親の応援をと200円の「こども弁当」を作ったり、医療従事者にも弁当を提供したりと地元民に寄り添う活動もしています。
「飲食店がお客さまにおいしかったと言っていただけるのは当たり前なのです。加えて、お客さまの心を潤す満足が与えられてこそ」と、ひときわ目を輝かせる女将。
時代の荒波を乗り越えてきた「伊豆榮」9代目の言葉と姿勢に、まるでハスの花のような凛としたものを感じました。職人の手技が生き続けるうなぎ割烹「伊豆榮」、その真価をぜひ、自らの舌で味わってみてください。
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不忍池全体が見渡せる7階からの眺めは、爽快です[/caption]
※文中にある金額はすべて税込み価格です
※掲載している情報は、記事執筆時点(2021年6月)のものです
[伊豆榮 本店]
東京都台東区上野2-12-22
03-3831-0954
◆JR「上野」駅しのばず口、「御徒町」駅北口、東京メトロ千代田線「湯島」駅から徒歩5分、
東京メトロ銀座線「上野広小路」駅、京成線「上野」駅、都営大江戸線「上野御徒町」駅から徒歩3分
◆営業時間
11:00~20:00(L.O.19:30)
◆定休日/無休(※12/31、1/1のみ)
※営業時間は、取材時(2021年6月)のもの。コロナ禍対応は都の条例通りですが、営業時間・定休日など、予告なく変更する場合があります(店舗までお問い合わせください)
◆webサイト
http://www.izuei.co.jp/
◆Instagram
https://www.instagram.com/uenoikenohata_izuei/