2016年4月1日、電力小売りの全面自由化が始まった。従来は、一般電気事業者(地域電力会社)や特定規模電気事業者が、契約電力量が原則2000kw以上の特別高圧需要家や原則50kw以上の高圧需要家に供給する場合、販売が自由化されていたが、こうした制限が撤廃された。契約電力量が50kw未満の需要家に対しても、小売電気事業者として登録されれば、電力の供給が可能になった。
日本の電力市場は、20兆円規模といわれる。そのうち、すでに自由化が行われていた契約電力量原則50kw以上が12兆円。小売りの全面自由化により、新たに8兆円規模の市場が開放された。かつての一般電気事業者を含めて295事業者(5月12日時点)が登録小売電気事業者となり、電力の販売競争を繰り広げている。
小売電気事業者には、自社で発電所を持つ電気会社やガス会社、石油販売会社といったエネルギー関連企業も多い。その一方でコンビニエンスストアを展開するローソン、東急電鉄、旅行代理店のエイチ・アイ・エスなど異業種からの参入も相次いでいる。
こうした小売電気事業者は自社で発電施設を持っていないケースも多い。その場合、発電事業者から電力を買わなければならない上、送配電は自由化されていないため、地域の電力会社に送配電網の使用料を支払う必要がある。つまり、小売電気事業者が大幅な利益を上げるのは難しい。
それでも電力の小売り事業に異業種が続々と参入しているのはなぜか。
大きな狙いは、本業も含めた顧客の囲い込み効果にある。電気の小売り事業では利益が出なくても、本業の業績アップに寄与すれば参入の効果はあるとの考えだ。
セット割とポイントサービスで顧客を囲い込む…
小売電気事業者はそれぞれ独自の料金プランを設定しつつ、さまざまな付加サービスを打ち出している。付加サービスとして多いのが電気料金と自社のサービス料金を組み合わせたセット割とポイントサービスだ。
ソフトバンクでは、携帯電話ユーザーが「ソフトバンクでんき」を利用した場合、スマートフォンもしくはインターネット代がセットで2年間最大毎月200円割引になるプランを用意している。また、電気料金1000円(税別)につきTポイントが5ポイントたまるサービスもある。KDDIでは、携帯電話のユーザーが「auでんき」を利用すると、毎月の電気料金のうち最大5%をキャッシュバックする。
このような本業とのセット割は携帯キャリア以外でも見られる。東京ガスはガス・電気をセットで契約すると電気料金を割り引く上、インターネット料金まで割引になるガス・電気・インターネットのトリプル割を実施。三菱商事とローソンが出資しているMCリテールエナジーは、電気料金1000円(税別)につきPontaポイントが10ポイントたまるサービス「まちエネ」を行うなど、枚挙にいとまがない。
こうした付加サービス競争の裏に透けて見えるのは、継続性のある電気料金の支払いと本業のサービスをひも付け、本業の顧客を囲い込もうとする各社の思惑だ。例えば、携帯キャリアは2006年に番号ポータビリティが始まって以来、新規顧客の獲得とともに、既存顧客の流出防止に力を注いでいる。携帯料金の支払いと電気料金の支払いとひも付いていれば、他キャリアへの乗り換えを少なくできるという計算だ。
顧客を囲い込みたいのは他の業種でも同様だ。東京ガスなどのガス会社が電気の小売り事業に参入し、ガス料金と電気料金のセット割を実施しているのも、2017年4月に予定されているガス小売りの全面自由化をにらんでのことといえるだろう。
ただ、セット割やポイントサービスもこれだけ多くの小売電気事業者が用意していれば、顧客に対してのアピール力は弱まってしまう。もちろん、前述の通り価格競争には限界がある。多数の事業者がしのぎを削る電力小売り分野で生き残るには、さらなるプラスアルファが必要になってくる。
原点に戻ったエネルギー関連の付加価値アップ
そこで注目されるのは、エネルギー関連の付加価値提供だ。各社がすでに競争を始めているのが、供給電力に占める再生可能エネルギーの比率。これを高めることで環境に関心の高い消費者に“電力の質”を訴える戦略だ。その代表がソフトバンクで、3月に再生可能エネルギーで約6割をまかなう料金プランを発表している。
今後、エネルギー関連で注目される付加価値は、スマートメーター(デジタル式の電力メーター)や家庭のエネルギー管理を行うHEMS(ホーム・エネルギー・マネジメント・システム)との連携だ。
小売電気事業者向けに、契約者のHEMSの導入をバックアップするビジネスがその1つだ。家庭の電気使用量を“見える化”することを可能にして気軽にHEMS導入を促す。小売電気事業者としては契約者の詳細な利用データによって、見守りや省エネ診断など新しいサービスの展開が可能になる。
現在多くの小売電気事業者は低価格やセット割、ポイントサービスといった分かりやすいメリットを中心にアピールしている。しかし、それらは収益面ではマイナスになる可能性も包含している。スマートメーターやHEMSとの連携を活用した新たな事業展開による付加サービスの充実は、収益力アップの面で非常に魅力的な戦略といえるだろう。
※掲載している情報は、記事執筆時点(2016年5月)のものです