現在、阪神タイガースの監督を務める金本知憲氏は、2000年代の阪神に多大な貢献を残した選手である。
個人記録としては、2010年に連続試合フルイニング出場(1492試合)、連続イニング出場(1万3686イニング)の世界記録を打ち立てた。チームとしても、2003年、2005年のタイガース優勝の立役者である。さらに、4番として通算910打席に立ったのは、田淵幸一氏、掛布雅之氏をしのぎ、初代ミスター・タイガース藤村富美男氏に次ぐ第2位の記録である。歴代のミスター・タイガースと比べても文句なしの功績である。
とはいえ、FA(フリーエージェント)で広島カープから阪神に移籍した経緯もあってか、金本氏はミスター・タイガースとは呼ばれていない。その代わり、“アニキ”の愛称で阪神ファンから絶大なる支持を得た。2015年の現役引退後も、すぐに監督に選ばれるほどだった。
ミスター・タイガースではないものの、なぜ彼は“アニキ”と慕われたのか。その裏には、金本氏のチームに対する真摯な姿勢があった。
なぜ地味なタイトルを誇らしく思うのか
数多くの記録を持つ金本氏だが、数ある記録の中で、特に誇りに感じている記録が1つある。それが、「1002打席連続無併殺打」の日本記録だ。つまり、内野ゴロなどの凡打であっても、チームのチャンスを潰してしまうダブルプレーを、1002打席もの間回避し続けたのである。
あまり注目度の高い記録ではない上、給料の査定につながる記録でもない。しかし金本選手は、たとえ凡打をしたとしても、全力疾走することでダブルプレーを回避した。凡打をしてしまえば、「しまった」と天を仰いだり、トボトボと背中を丸めて走塁してしまいがちだが、金本氏はそれを自分に許さない。常に、1つでも塁を進めるための全力疾走を自らに課していた。
金本氏の全力プレーは、走塁だけではない。守備も常に全力であった。打者として3割30本塁打をマークしていれば、たとえ20個のエラーをしていても、給料は上がる。打っていれば守備は大目に見てもらえるのだ。実際、そういった外野手も大勢いる。しかし、金本氏は自分に対して絶対にそんなことは許さない。
世界記録である連続フルイニング出場も、うがった見方をすれば、すべての打席に立つより、調子が悪い日は適度に休み、調子が良い時期にまとめて打った方が、良い打撃成績が残せそうではある。しかし金本氏に“適当に休む”という考えはなかった。たとえケガをした状態であっても、グラウンドに立つ以上、それはケガではない。その程度のケガであれば、ゲームに出ながら治せばいい、とあえて試合に出場し続けることにこだわったのだ。
赤星選手の盗塁王、今岡選手の打点王の裏にアニキあり…
こうした姿勢は、本業であるバッティングにおいても徹底していた。
金本氏は「自分が打つことでチームに貢献したい」と話す選手を、「チームのことよりも自分の記録を優先している」と指摘する。そうではなく、「チームのために自分が打つべき」という。独特の言い回しだが、その真意は金本氏のバッティングスタイルを知れば分かる。
広島から阪神に移籍した1年目、金本氏は3番を任された。前を打つ2番は俊足の赤星選手で、武器はもちろん「足」。タイガースの強力な武器である。それなら、その足を最大限に生かすために、赤星選手が盗塁しやすい環境をつくる。それが3番を打つ金本氏の役割だと考えた。
金本氏は相手投手によって、赤星選手が「走れる」ときには打たずに待ち、「隙あらば行ける」ときには様子を見る。「絶対に無理」なときには、赤星選手を進めるために右方向に打ち「ランナー1、3塁」の形をつくる。そして、スタートを切れるタイミングなのに赤星選手が走らなかった場合は、塁上にいる赤星選手をにらみつける。「誰のためにワンストライク捨てているのだ」と、赤星選手にプレッシャーを与えるためだ。
この年の赤星選手の盗塁数は、前年の28から倍以上の61に跳ね上がった。
以降も金本氏のチームバッティングは続く。例えば2005年、4番を任された金本氏は、5番の今岡誠選手へとつなぐバッティングを見せた。金本選手は左打者、今岡選手は右打者である。野球では、右打者には右ピッチャーが、左打者には左ピッチャーが有利とされるが、金本選手は開幕前、今岡選手にこう言った。
「右ピッチャーのときには、自分が(敬遠で)歩かされることが多くなるだろうから、そのときはお前に任せる。頼むぞ」
その期待に応えるように、その年、今岡選手は147打点を記録し、見事打点王に輝いた。金本氏自身も打率3割2分7厘、40本塁打、125打点という自己最高の成績を残し、チームは優勝。金本氏自身も見事MVPに輝いた。
金本氏は、これが本当の「チームワーク」だと考えている。お互いの強みを生かすため、チームのために仕事をする。全員が刺激し合うことで、戦うチームとなり優勝する。これが、金本氏の仕事に対する根本的な考え方である。
この考え方で野球を続けた結果、世界記録である連続フルイニング出場や、連続フルイニング試合出場の他、本塁打・安打・打点・得点・四球・二塁打など、多くの通算成績で、伝統ある阪神タイガースの中で、歴代ミスター・タイガースを超え堂々の第1位に名を刻んだ。もちろんこの成績には広島時代の成績も含まれているが、タイガースの時代に記録した、4番打者としての880試合連続先発出場は日本記録である。
「お金にならないことに全力で取り組むこと」が自分の利益になる
プロ野球は実力主義、成果主義が当たり前の世界であるため、チームの成績は二の次で、個人成績だけを上げることに力を入れる選手もいる。1985年に優勝し、栄光をつかんだ阪神も、やがてそんな個人的な選手ばかりになり、結果的に2003年まで18年間、Bクラスをさまよい続けた。
そんなときに金本選手は、「チームのためにプレーする」ということがどういうことかを、自らのプレーで証明し、強い阪神をよみがえらせた。選手やファンが金本選手を“アニキ”と慕ったのは、彼が先頭に立ち、チームを引っ張っていったその姿勢からだろう。
金本氏の姿勢は、ビジネスシーンでも当てはまる。ビジネスの現場にも個人主義が当然となり、自分の成果だけを見て仕事をすることが当たり前となった今だからこそ、あえて金にならない“全力疾走”に価値がある。個人の成績よりも、企業として大事なことに全力で取り組み、他の社員にその姿勢を見せる“アニキ”のような社員によって、従業員同士は互いに刺激し合い、組織も強く生まれ変われるのである。
そして“金にならないことに全力でプレーし続ける”ことは、実は巡り巡って金につながってくる。金本氏が、カル・リプケン氏の8243イニング連続出場、903試合連続フルイニング出場の両記録を更新した2006年のオフ、推定年棒5億5000万円という、日本人選手では球界一の高給取りとなった。
チームの利益を考えることは、結局はチームの一員である自分の利益にもつながってくるのだ。
参考文献:
「覚悟のすすめ」(角川新書刊、金本知憲著)
「人生賭けて――苦しみの後には必ず成長があった」(小学館刊、金本知憲著)