資金決済に関する法律(資金決済法)により、2010年4月1日から、銀行以外の業者でも為替取引を行えるようになった。銀行以外の業者が行う為替取引を「資金移動業(資金移動サービス)」、資金移動業を行う業者を資金移動業者と呼ぶ。これにより、振り込みや送金が銀行以外でも手軽に利用できるようになった。スマホなどによるキャッシュレス決済もその1つだ。
給与デジタル払いが実現すれば、企業は銀行口座を介さず従業員のスマホのキャッシュレス決済アプリ(資金移動業者が運営する「PayPay(ペイペイ)」や「LINEペイ」「楽天ペイ」など)のデジタルマネーに給与を入金できる。従業員はいちいち銀行口座から現金を引き出したり、残高に銀行口座からチャージしたりする手間なく、すぐに店舗での買い物や送金、EC利用、納税、換金などが行える。
筆者はキャッシュレス決済では、銀行口座からその都度必要な金額をチャージして使うが、決済のペイバックやフリマの売り上げなど、直接残高に入るものはチャージの手間なく使えて便利と感じていた。同様に、給与がデジタルマネー残高に入るシステムが実現すれば、なかなかありがたいかも、と思う。
キャッシュレス決済の利用者は、確実に伸びている。2020年9月時点の「月間アクティブユーザー数」(月に1回支払ったことがある人の数)の16社の合計は、約3000万人という(出所「資金移動業者の口座への賃金支払について 課題の整理」)。キャッシュレス決済をサービス開始当時から利用する筆者だが、最近では対応店舗や対応サービスも増え、日ごろの買い物では、現金よりスマホの決済のほうが多いぐらいだ。ちなみに近所のコンビニの買い物には、財布を持たずスマホだけを持っていく。
政府におけるキャッシュレス決済の推進は、消費者にとっては多額の現金を持たずに買い物が可能になる、紛失などのリスクが現金に比べて軽減される、事業者にとっては銀行口座に振り込む手続きや手数料負担の軽減、現金管理コストの削減による生産性向上などのメリットが期待される。ちなみに2015年の統計だが、世界各国のキャッシュレス決済比率が軒並み数十%台に到達する中、日本は20%程度にとどまる状態で、コロナ以前のインバウンドの増加などもあり、キャッシュレス決済比率を世界水準まで押し上げたい政府の意図もある。
2019年10月1日の消費税率引き上げに伴う需要平準化対策として、キャッシュレス対応による生産性向上や消費者の利便性向上の観点も含め、消費税率引き上げ後の9カ月間に限り、中小・小規模事業者によるキャッシュレス手段を使ったポイント還元を支援する「キャッシュレス・ポイント還元事業」も記憶に新しい。
なお、菅首相は、社会のデジタル化、DX(デジタルトランスフォーメーション)を政権の最重要課題とする。行政手続きのデジタル化、マイナンバーカードの普及、押印の廃止などを進め、2021年の9月1日にデジタル庁を発足させるなど、行政サービスや社会全体のデジタル化を推し進める。給与のデジタル払いも、その一環だ。
給与デジタル支払いのメリットとデメリット。銀行の将来は?
利用する我々からすれば、キャッシュレス決済は、銀行口座からの現金引き出しの手間が省ける、小銭が増えず煩わしくないほか、支払いやキャンペーン、クーポンなどでのバックが大きいのがメリットだ。筆者の2018年末からのPayPayの還元額は約10万円、この世知辛い世の中で少しでもお得に利用できるのがありがたい。誰が触ったか分からない現金に手を触れずに決済を行える点もうれしい。
ただし懸念点は、キャッシュレス決済サービス開始から相次ぐセキュリティ問題だ。犯人は何らかの手段で被害者の口座情報を不正に入手、被害者になりすましてキャッシュレス決済残高をチャージ、商品の購入などを行っていた。ログインや本人確認システムが甘く、情報だけで容易に行われたのが原因で、二段階認証やSMS認証など複数手段での認証が対策となる。なお、資金移動業者には、銀行のような免許制や資本条件がない。少なくとも安全性や保障、保全については、銀行と同等かそれ以上が望ましい。
資金移動業者が破綻したときの対応も問題だ。給与がスムーズに支払われなければ生活に関わる。政府は給与デジタル払いの解禁の前提として、万が一資金移動業者が破綻した場合でも、十分な額が早期に労働者に支払われる手段の設計を早期に具体化する方針だ。そのほかスマホの紛失時などの対策も必要となるはずだ。
今まで給与振り込みなどで、個人マネーを一手に引き受けてきた銀行は、警戒感を強める。今まで銀行口座から引き落とされていた公共料金や各種支払い、クレジットカードの利用料金などはどうなるか疑問も残る。近い将来、それらの引き落としまでキャッシュレス決済サービスで行われるようになれば、お金を扱う金利や手数料で稼ぐ銀行の将来も懸念される。
私たちへの影響
給与デジタル払いの実現には法改正が必要となる。2021年1月28日に行われた労働政策審議会労働条件分科会の資料「資金移動業者の口座への賃金支払について 課題の整理」を読むと、まだまだ課題が山積みなのが分かる。当初の予定での実現は難しいかもしれない。
給与は我々にとって生活の源だ。月1回銀行口座に振り込まれ、生活における公共料金や税金、携帯電話やサブスクサービスの料金、ローンやクレジットカードの利用料金などが引き落とされる。すべての引き落としをデジタルマネーに移行できるならともかく、しばらくは銀行口座との併用が続くことが予想される。あと、給与が全額デジタルマネーに振り込まれた際の現金への換金手段についても、整備が必要だろう。
ジャパンネット銀行は2021年4月5日からPayPay銀行に変わる。Yahoo! Japanを傘下に抱えるZホールディングスは、傘下の金融サービスのPayPayブランドへの改称を進めている。銀行も併設する資金移動業者PayPayの行く先はかなり気になる。
生活に大きく関わるお金のデジタル化、すなわちシステムが整い実用化するまでは、まだ時間や手間がかかるだろう。企業も個人も動向をよく見て柔軟に対応していくのがよい。メリットだけでなくそこに潜むリスクも考え、慎重に導入していくのが吉と考える。