この記事はデジタル庁AI担当の大杉直也氏によるもので、「生成AIによる業務改善の一助になればと思い、実際の行政業務で生成AIの利活用を検討する際に得られた知見を共有」する趣旨で公開された。「デジタル庁2023年度事業 行政での生成AI利活用検証の結果報告」で得られた知見を、皆にわかりやすく具体的に「10の学び」にまとめたという。
上記検証は、今後の政府情報システムへの生成AI利活用に向け、「行政業務に対して生成AIをどのように利用すべきかの知見の獲得」「生成AIの利活用により改善できる業務の特定」「どの程度業務改善効果が見込めそうかの推定」を目的に、期間は「2023年12月から2024年3月」、対象は「デジタル庁を含む中央省庁の一部職員や一部自治体」において行われた。平易に言えば「どの行政業務に対し、どのようにテキスト生成AIを使えば、どのくらい改善効果がありそうか」を調べたものだ。
「10の学び」の具体的な内容は後述するが、これらは業務にテキスト生成AIを利活用しようとする実際の現場で得た貴重なノウハウを、誰にでもわかるよう平易にまとめ、広く共有していこうとする姿勢には頭が下がる。ありがたく活用していこう。
こうした議論も踏まえ、デジタル庁がこの技術検証を実施した、という経緯となる。このページでは、検証の詳しい内容(「行政における生成AIの適切な利活用に向けた技術検証の環境整備」)の他、検証で得られた生成AIへの入力文のサンプル(「投稿プロンプト一覧」)、一部の検証に用いたテストケース(「特定のドキュメントを参照させたAI利活用でのテストケース例」)などが公開されている。
「行政における生成AIの適切な利活用に向けた技術検証の環境整備」には、例えば、提出されたパブリックコメントに対する分析と回答案の作成、デジタル・ガバメント推進標準ガイドライン実践ガイドブックに関する問い合わせの回答案作成、用語集の作成、法令検索と要約など多様な業務に生成AIを活用する検証とその結果が300ページ余りにわたって解説されている。
学びの具体的な内容とは。どんな方向を目指す?
テキスト生成AIの業務活用への10の学びは次のとおりだ。
1.時間の削減だけでなく品質向上も狙える
2.業務を工程に分解し、生成AIを使うべきでない箇所を意識する
3.「書く」だけでなく「読む」も得意
4.活用用途をチャットインターフェースに限定しない
5.「業務改善」だけでなく「システム改善」のためにもテキスト生成AIの検証環境は重要
6.初心者向けにコピペで使える状態が重要
7.作文に不慣れな人や、一般的な業務知識に乏しい人はテキスト生成AIの恩恵を受けやすい
8.繰り返し発生し、工程が切り出しやすい業務はテキスト生成AIの恩恵を受けやすい
9.ソースコードの作成業務はテキスト生成AIの恩恵を受けやすい
10.情報検索機能は個別具体のニーズに応じた特化開発の余地がある
では、以下で各項目にわたって概要を見ていこう。
「1.時間の削減だけでなく品質向上も狙える」
・テキスト生成AIによる業務改善は「作業時間の削減」のみに注目しがちだが、書いた文章の誤 字脱字の確認や、不自然な箇所の指摘、読み手の属性に合わせた多様な文章作成など「業務の品質向上」も狙えることにも注目したい。
・テキスト生成AIの活用を検討する際は「既存の業務がどこまで効率的にできるか」だけでなく「生成AIがあることで品質向上もできるのでは」「今まで手が回らなかった業務や新しいことが運用可能になるのでは」という、広い視点を持つことが重要。
「2.業務を工程に分解し、生成AIを使うべきでない箇所を意識する」
・業務全体をすべて生成AIで置き換えようとせず、まずは業務を工程に分解し、工程ごとに実現の可能性を検討することを推奨する。例えばパブリックコメントへの対応において、意見の分類やコメントの分割・意見変換や要約などの工程で生成AIを活用、作業時間を大幅に短縮した。
・ただし業務の目的は、一般から寄せられた意見を考慮することゆえ、1つひとつの意見は人間が直接目を通すべきで、「読む」作業を生成AIが行うのは不適切、などの判断を思慮深く行う必要がある。
「3.「書く」だけでなく「読む」も得意」
・テキスト生成AIは作文の原案作成やアイデア出しなど「書く」ことが得意なのは誰しも知ることだが、「長文の要約」「難解な文章の平易な言い換え」「文章のラベル付け」「ソースコードの解釈」などの「読む」能力も侮れない。ゆえにテキスト生成AIの業務活用を検討する際、「何を人間の代わりに書かせるか」だけでなく「何を人間の代わりに読ませるか」にも注意を傾けることを推奨する。
「4.活用用途をチャットインターフェースに限定しない」
・検証では、テキスト生成AIによる大量の文章のラベル付けの需要が多いことがわかった。ただし、この作業をチャット画面で行うには、手でコピペする作業などが必要となり非効率となる。
・ラベル付けのように大量の文章を処理する場合、バッチ処理で並列実行するためのシステムを開発するなど、テキスト生成AIの利活用をチャットインターフェースに限定しないことで、さらなる利便性や業務効率向上が見込めるうえ、人間が介在しない作業にもテキスト生成AIを利活用できる。
「5.「業務改善」だけでなく「システム改善」のためにもテキスト生成AIの検証環境は重要」
・使いやすいテキスト生成AIの検証環境があると、「どの種類のテキスト生成AI」に「どのような指示を行えば」目的が果たせそうかという検討が、エンジニアではない一般の職員でも可能となる。
・検証では実際に行政職員が「これを実現したい」という要求のもと、プロンプトを試しながらテキスト生成AIの比較を行い、結果を元にベンダーがプロトタイプを開発する流れが自然発生した。
「6.初心者向けにコピペで使える状態が重要」
・検証では、熱心にテキスト生成Aiを利活用した職員がいた一方、「どのような業務に使用するのが良いのかわからない」などの理由で活用できない職員も多数いた。こうした職員には、目的に合ったテンプレートを探す→必要最小限の情報を(コピペなどで)入力する、という2つの操作だけで高品質な結果が得られる「既存プロンプトテンプレート」が有効。
・前出「投稿プロンプト一覧」には、簡単に利用できる61個のプロンプトが共有されている。
「7.作文に不慣れな人や、一般的な業務知識に乏しい人はテキスト生成AIの恩恵を受けやすい」
・作文に不慣れな人の補助として、作文の原案を提案してもらう以外にも、書いた文章を校正させる、適切な単語選びを相談する、などの使い方も有益だ。公務員は異動が多く、異動先の業務知識を一から学ぶ機会が多いが、テキスト生成AIを使えば効率的に業務知識も学べる。
・ただし、テキスト生成AIの知識において一般に広く知られているもの以外は信頼しない、例えば法令の解釈や最新の情報など、生成AIが弱いジャンルでは生成AIに頼らない、などの注意喚起も必要。
「8.繰り返し発生し、工程が切り出しやすい業務はテキスト生成AIの恩恵を受けやすい」
・テキスト生成AIを業務活用するためには、出力結果の品質をある程度確認する必要がある。一度きりしかない業務よりも、何度も発生する業務の方が、生成AI活用の品質確認の手間に見合う確率が高い。
・業務を工程別に切り出して検討する重要性は「2」で述べたとおりだが、例えば、何度も発生する文章ラベリングの工程を生成AIで半自動化する、などは、費用対効果が高い。
「9.ソースコードの作成業務はテキスト生成AIの恩恵を受けやすい」
・アンケートでは、時間削減効果が最も高い業務は「パソコンの操作法やコードの生成」だった。不慣れなプログラミング言語や、慣れたプログラミング言語のちょっとした関数なら、テキスト生成AIの出力結果をベースに実行、エラーが出ても再度テキスト生成AIに入力すれば、正しい修正方針が得られるなど、便利で効率的な部分が多い。
・パソコンの操作法もわかりにくいマニュアルを参照するより、テキスト生成AIに聞いた方が早い、という声もよく耳にした。
「10.情報検索機能は個別具体のニーズに応じた特化開発の余地がある」
・テキスト生成AIが求められる大きな用途に「知りたい情報の検索、調査」があるが、これには①正解がここにあることはわかっているが特定できていない、②正解の情報がどこにあるのかめども立っていない、という2種類がある。
・①の場合はテキスト生成AIの知識に頼らずAIが人間の代わりに情報を探し出すことが目的となるが、②の場合、生成AIの知識だけでは賄えないので、既存のWeb検索機能と組み合わせ、Web検索結果を引用しつつ回答させる技術が要求される。検証では、情報検索のニーズにより、実現するインターフェースやテキスト生成AIの利用方法の最適解が異なることがわかった(前出「テストケース」で共有)。
今後どうなる?傾向と対策
「10の学び」では、テキスト生成AIを業務に定着させるために「忙しい人がすぐに助かる状態で渡す」「業務に不慣れな人や、繰り返し発生する業務の自動化の恩恵が大きい」「生成AIが活用できる状態(実行環境)を整える」という3点が重要、とまとめられている。逆に「背景事情が複雑ですぐに助かる状態にできない」「業務に慣れている人の一度きりの仕事」「テキスト生成AIが活用できる状態ではない」場合には難しい、という。「10の学び」は、業務へのテキスト生成AIの導入を検討する企業にとって、貴重なアドバイスなるだろう。ある程度、環境が整っている状況なら、共有されている検証の報告書やプロンプト、テストケースなども参考になりそうだ。
ただし、テキスト生成AIがいくら業務に役立つといってもChatGPTなど外部サービスに直接、社内情報を入力するのは情報漏えいなどのリスクが高く、避けたほうがよい。最近はテキスト生成AIを組み込んだITツールやソリューションも多い。セキュリティ万全で、業務用語やノウハウなども検索でき、さらにはさまざまな業務ツールの窓口となり得る、自社特化したシステムの構築やカスタマイズを検討するのがよい。
業務ツールの導入や活用、現存システムの改善などにおいては、Web検索などで自社に合ったソリューションを見つけるか、最寄りのベンダーに声を掛けるのがおすすめだ。場合によっては、中小企業庁「IT経営サポートセンター」の相談窓口などの窓口も頼りになるかもしれない。
何かわからないことや疑問があるとき、まずは「AIに聞いてみよう」と普通に思いつくほど、日常生活に定着しつつあるテキスト生成AI。これを業務に活用しない手はない。「10の学び」を参考に、知恵を絞って業務を効率化し、皆で幸せな未来を創ろう。
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