近頃よく聞く「インプレゾンビ」という言葉。社会的な動きだけでなく、大きな災害などが発生すると各種のメディアなどで話題にあがるケースも増えてきた。筆者自身、SNSの「X(旧Twitter)」における混乱などをたびたび確認している。今回は、この動きについて少し掘り下げて考えてみたい。
台風10号の接近に伴い関東でも激しい雨が降っていた2024年8月30日の午前から昼にかけ、Xに「多摩川氾濫」がトレンド入りした。ところが、30日16時時点でも、多摩川が氾濫した事実はなかった。こうした状況を受け、東京都の宮坂学副知事はXを通じて「Xのトレンドに多摩川氾濫が入っており、一部昔の写真が使われているとのこと。「データや映像は公式のサイトから一次情報をご確認ください。リアルタイムで確認可能」と注意喚起を行った(ちなみに「公式のサイト」というのは「東京都 水防災総合情報システム」のことで、東京の各河川の状況が映像とともにリアルタイムで確認できる)。
これらの偽・誤情報は、最近では災害のたびに話題となる。例えば、2024年の年初に発生した激甚災害の直後には、SNS上で救助を求めたり被害状況を知らせたりする多くの情報が発信された。その一方、事実と異なる情報も拡散され、救命や救助活動に支障が出るなどの悪影響が生じた(SNSにおける偽・誤情報に対し、政府広報オンラインでは「インターネット上の偽情報や誤情報にご注意!」という注意喚起のための記事を公開している。その他、以前紹介した総務省「上手にネットと付き合おう」も参考となる)。
さて、「インプレゾンビ」に話題を戻していこう。このインプレゾンビとは「インプレッションゾンビ」の略称で、SNSのXでの収益目的で自投稿のインプレッション(表示回数、以下「インプレ」と略)を増やすために、迷惑な投稿を行うアカウントのことだ。Xでは2023年8月からクリエイター向けの広告収益分配プログラムをスタートし、有料プランのユーザーは投稿の閲覧数によって収益を得られるようになった。
プログラムへの参加条件は、Xヘルプセンターの「Xにおけるクリエイターの収益化に関する規定」から参照できるが、有料のサブスクリプションへの参加に加え、アクティブなフォロワー数が500以上、過去30日間に投稿をポストしていること、などの条件がある。ただし収益における単価は明らかにされていない。
Xを見ていると、日本の人気アカウントに、英語やアラビア語、絵文字の羅列などのほぼ意味不明なリプライ(回答、返事)が多く付けられていることがあるが、これらが「インプレゾンビ」による投稿だ。最近では、日本語の投稿やリプライをコピーするなど、日本語でリプライしてくるアカウントも多くなっていて、なかなかややこしい状況にもなっている。こうした投稿が日本語アカウントをターゲットにする背景には、日本でのX利用率が高い(アメリカに次いで2位)ことと、日本語アカウントはアクティブユーザー数もフォロワー数も多く、インプレ数が稼げるためという。
インプレゾンビにとっては、インプレ数さえ稼げれば内容はどうでもいいので、結果、意味不明の投稿や誤情報、インプレ稼ぎ目的の偽情報が増えることになる。そうした個人の収益のため、正しい情報交換が行われず、本当に困っていてXを頼りにしている人を混乱させてしまうのは、心が痛む。過去を振り返れば、東日本大震災のとき、電話も通じない災害地でX(当時はTwitter)が大きく情報交換に役立ったように、日本は災害時のコミュニケーション手段としてXを頼りにしてきた過去がある。ただしそれは、正しい情報がやり取りできることが前提条件での話だ。
また、Xでの偽・誤情報は「困った人のために情報を拡散して助けよう」というユーザーの「善意」を利用する性質があるのも根が深い問題だ。Xでの拡散はもちろん、他のSNSやメディアでも拡散され、困った状況を拡大する場合もある。実際、テレビ局がXでの偽情報をニュースで放送してしまった事態もあった。こうした情報の混乱で救命・救助活動に支障が出て、助かるべきものが助からない、などの状況は絶対避けたいものだ。
偽・誤情報への対策は? 情報の拡散は、一次情報の利用を
インプレゾンビへのXでの対策は、Xで「返信できるアカウント」を制限する、インプレゾンビ対策用のブラウザー拡張機能を使う、検索時に位置情報フィルターで日本国外の投稿を除外する、インプレゾンビがよく使うワードをミュート設定する、などが挙げられる(具体的な方法は他にも考えられるのでWeb検索などで調べるとよいだろう)。
一般的なSNSで偽・誤情報への対応は、前出の政府広報オンライン「インターネット上の偽情報や誤情報にご注意!」を日頃から確認しておくとよい。ここにある「偽・誤情報に惑わされないための基本のチェックポイント」のように「情報源はある?」「発信者はその分野の専門家?」「他ではどう言われている?」「その画像(動画)は本物?」という基本事項をよく確認して情報発信するよう、自分にインプットしておこう。
また「知り合いからの情報だから、だけで信じてない?」「表やグラフも疑ってみた?」「その情報の動機は?」「ファクトチェックの結果は?」という「応用のチェックポイント」も重要だ。この「ファクトチェック」とは、「ニュース報道や情報が事実に基づいているかを調査・検証して公表する活動」で、国際的な認証を受けたファクトチェック団体、大手メディアやネットメディア、非営利組織などが実施している。記事では「気になる情報が偽・誤情報かどうか、判断に迷ったときはそういったファクトチェック結果を参考にしてみるのもよいでしょう」とある。
困ったときに頼りにできるよう、ファクトチェックサービスを紹介しておこう。「日本ファクトチェックセンター (JFC)」では、拡散している情報について「誤り」「根拠不明」「不正確」などと、ファクトチェック結果を公表している。その他「InFact」「リトマス」など、ファクトチェック情報を提供しているサイトも有用だ。Googleの「Fact Check Tools」は、日本語の情報は少ないが、今後に期待できるサービスだ。
今後どうなる? 傾向と対策
話題は少しそれるが、最近、特定の企業や業界を攻撃対象にした「ディスインフォメーション(Disinformation)」という「国家・企業・組織あるいは人の信用を失墜させるために、マスコミやSNSなどを利用して故意に流す虚偽の情報」も話題を集めている。これは2016年のアメリカ大統領選挙において候補に不利な情報をSNSなどで流したのがはじめといわれる。
日本ではまだ耳慣れない言葉ではあるが、最近の偽・誤情報は、個人利益や「面白がり」目的でのフェイクニュース的な発信の他、何らかのターゲットのマイナスを狙った「ディスインフォメーション」的な発信も増えているという。こうした中、多くの企業ではサイバー攻撃やマルウエア対策に加えて、ディスインフォメーション対策が必要、という意識が高まってきている。生成AIなどのAIサービスが盛んな昨今、偽・誤情報の生成にAIが悪用される一方、情報のファクトチェックにもAIを活用する動きがある。
現状のファクトチェックは主に人力で行われ、コストがかかるのが難点とされるが、偽情報には一定の傾向があり、機械学習によってモデル化することで偽情報を検出するシステムが研究されている。例えば、ディープフェイクで生成された画像は人間の目で見破ることは困難だが、アルゴリズム上の特性からAIがフェイクを見破ることはたやすい、といった具合だ。今後、AIの利用によりファクトチェックの手間やコストは下がり、利用しやすくなっていくだろう。
これまで述べてきたように、企業にとっては、サイバー攻撃やマルウエア感染などのリスクに併せて、広報アカウントなどにおける偽・誤情報の発信・拡散、さらにはディスインフォメーションなどの社会的攻撃も防ぐ必要がある。
最近では中小企業向けに、進化する脅威に対応し複合的なセキュリティ対策をまるごと行ってくれるソリューションもあり、最新のディスインフォメーション対策にも対応しているものもある。偽・誤情報といえば、標的型攻撃メールも忘れてはならない。偽情報にだまされないために、まずはメール訓練、というのも有効だ。こうしたソリューションをWeb検索で探したり、最寄りのベンダーやIPA「情報セキュリティ安心相談窓口」、東京都「中小企業サイバーセキュリティ対策相談」(都内中小企業者向け)などに相談したりすることもおすすめだ。
先ほど紹介したファクトチェックサービスを確認すると、どれだけ偽・誤情報が拡散されているかが想像でき、背筋が寒くなる思いだ。サービスをチェックした後でネット上の情報を閲覧すると、XなどSNSに流れる情報はおろか、ニュースなどにも疑いが湧いてくる。
筆者の考えすぎな部分もあるだろうが、ファクトチェックで必ず「正しい」とされるような、徹底した真偽の検証のもとで発信されている情報はほんの一部に過ぎず、世に流れているのはほぼ未チェックの情報ばかり、ともいえるのではないだろうか。情報発信や拡散は真偽を確かめつつより慎重に行い、偽・誤情報に加担することなく、自身や属する組織への情報攻撃にも賢く備え、明るい未来に向かって歩んでいこう。
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