蓄音機の原理を生かし、難聴者でも音が聞こえやすくなるスピーカー「ミライスピーカー」を開発したサウンドファン。約2年間の試行錯誤の後、2015年10月より1号機「ミライスピーカー・ボクシー」の一般販売を開始し、その後、2017年3月に2号機「ミライスピーカー・カーヴィー」、さらに4月には1号機をバージョンアップさせた「ミライスピーカー・ボクシー2」と新製品を次々に発売しています。
16年4月には内閣府により定められた「障害者差別解消法」が施行され、行政の機関や民間企業などの事業者は障がい者に対して差別防止に努め、「必要かつ合理的な配慮」が義務付けられました。これにより、公的機関や一般企業でも障がい者の負担防止について関心が高まっています。
音響の世界には全く無縁だったという佐藤和則社長が難聴者向けのスピーカーに興味を持ったのは13年、名古屋学院大学でリハビリテーションの研究をしている教授と会ったのがきっかけでした。その教授は音楽療法も手掛けており、家には蓄音機のコレクションが多数あったそうです。教授は佐藤社長にこんな話をしました。
「原理は非常にシンプルです。詳細のメカニズムはまだ解明されていませんが“蓄音機の金属管の曲面に秘密があるのでは”と直感し、楽器はいずれも側板などが曲面でできていることから“楽器スピーカー”というイメージで作ればよいのではないかと考えました」と佐藤社長。すぐに試作機を製作し、84歳の父親に音を聞いてもらいました。
「父は中度から重度の老人性難聴で、9年ほど補聴器を使って生活していました。試作機を実家に持っていき、テレビのジャックに挿して実験してもらいました。すると、健康な私の耳で聞いてもうるさくない程度の音量で、補聴器を外しても聞こえるというのです」と佐藤社長は話します。
そこから商品化に向けて試行錯誤を重ねます。筑波技術大学や聖マリアンナ医科大学の耳鼻咽喉科との共同研究により、これまでに450人ほどの難聴者に対して実験を繰り返してきました。
開発当初は老人性難聴者向けのスピーカーを考えていましたが、実際に開発を進めると、老人性難聴だけでなく、8割ほどの難聴者に効果があることが分かったといいます。
「突発性難聴やメニエール病、騒音性難聴、また、強くぶつけて鼓膜が破れたなど、事故による難聴、あるいは薬による副作用での難聴など、幅広い症状でも対応できることが実証されています。どうしても効果の発揮できない2割は、先天性の重度な難聴の方や80歳以上の高齢の方などです」と佐藤社長は説明します。
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「ミライスピーカーによって世の中の役に立ちたい」という強い思いを持ち集結したスタッフたち(左から3人目が佐藤社長)[/caption]
実験により効果が証明され、15年10月より1号機である「ミライスピーカー・ボクシー」の販売を開始、その後17年3月に2号機である「ミライスピーカー・カーヴィー」、4月には1号機をバージョンアップさせた「ミライスピーカー・ボクシー2」を発売しました。使い方はミライスピーカーをテレビや音響機器などの音を出したい機器につなげるだけ。離れた場所でも音が届き、マイクを使用して声を伝えることもできます。
一般的なスピーカーは音を出す振動板がすり鉢のような形状なのに対して、ミライスピーカーは弓なりに曲げた曲面振動板を使っています。それにより、音にエネルギーがあるため、距離による弱まりが少なく、クリアなまま耳にきちんと届き、さらに、聴こえに不安をお持ちの方にも音による情報を届けることができるのです。
法人からのニーズも高まっており、すでに大手金融機関や空港で導入されています。
「銀行で窓口の順番を待つ際の発券機にミライスピーカーを設置しました。番号を呼び出す際に難聴者に聞こえるようになりますし、健常者でもザワザワした中で声が聞き取りやすくなります」と佐藤社長は話します。今後は、行政機関や介護施設、セミナー・講演などでの利用にもアプローチしていく考えです。
世界に1つだけの技術
佐藤社長は開発途中で、世界にミライスピーカーと同じような技術がないか調べてみましたが、存在しなかったといいます。
14年12月には申請から9カ月で特許を取得しました。現在、133カ国の国際特許も出願中です。
「世界の音響メーカーが見過ごしていた技術なんです。これまではピュアオーディオなどといって、音のひずみを取るほうへと研究が進んでいたのですが、難聴者にとっては余計に聞きづらくなっていました。楽器など音を出すものには共通する原理なのですが、スピーカーの技術としてまだ形になっていないことに驚きました」と佐藤社長は話します。
ミライスピーカーを使用した難聴者からは、「脳の手術で右耳の神経の大半を切除し、音が割れてほとんど聞こえなかった。ミライスピーカーで聞くと、昔のように音が聞こえるようになり感動した」というような感謝の声が多数届いているといいます。
また、ミライスピーカーを使うことでテレビのボリュームを上げる必要がなくなるため、これまでは大音量で聞くしかなかった同居家族にも喜んでもらえています。
マーケットは世界中にある
佐藤社長はITやパソコンのメーカーなど多くの企業で33年間会社員を経験した後、2013年に57歳で起業しました。16年には還暦を迎えました。
もともと音響メーカーに勤めていた取締役の宮原と2人でのスタートでしたが、サウンドファン設立からの2年間はひたすら試作品の製作でした。1年目の売り上げは300万円しかありませんでした。
「何度もキャッシュアウトしそうになりましたが、多数の応援者がミライスピーカーの技術の可能性を買ってくれ、増資を受けることができました。それにより生き延びてこられたというのが正直なところです」と佐藤社長は話します。
57歳からの起業については「怖いという思いはなかった」と言います。「ある程度ビジネスについて分かっていますし、これまでに培ってきた人脈で切り開ける部分もありました。同窓会に行ったら同級生がいきなり出資しようかと言ってくれたなんてこともあります。この年で起業する良さもあるのかな、と。社会人の最後に素晴らしい技術と出合えたので、世の中の役に立てるならやってみようという思いだけで突き進んでいます」と佐藤社長は話します。
会社の成長に伴い、スタッフも20人に増えました。
「スタッフの最高齢は71歳です。60歳以上も多く、平均年齢は55歳。浅草橋にある下町シニアベンチャーです」と佐藤社長は笑います。
技術開発スタッフの中には、かつて音響メーカーに在籍し新製品開発で300もの特許を取得した人もいます。お金ではない面白さに引かれ、「世の中にないものを創り出すんだ」という思いでミライスピーカーの開発製造に取り組んでいるといいます。
今後は、天井スピーカーや防災メガホンを作ることも計画中です。震災が起きた際に、津波や火災などの危険を早く伝え、障がい者を守る手助けができるのではないかと考えています。さらに、小型化・軽量化してIoT端末やロボットへの活用や、大型化することで競技場や音楽ホールなど広いスペースでの活用などもめざしていきたいと思っています。
また、目が見えない分、聴覚を研ぎ澄ましている視覚障がい者に対しても、ミライスピーカーを使うことでより遠くの音を拾えるようになるのではないかと考えています。
「これまで世の中になかった新しいスピーカーなので、これからの広がりはかなり可能性があると確信しています」と佐藤社長は力強く話します。
日本だけでなく、世界にも難聴で苦しんでいる人はたくさんいます。まずは日本でしっかり認知度を高めた後、世界にもミライスピーカーを広めていく予定です。
MORIBE's EYE
佐藤社長は準発明家。何とも単純だが素晴らしい。最初にミライスピーカーの原理を聞いたときには、とんだ食わせ者かと。実際に増幅された音を聞いても半信半疑だったが、聴覚障がい者やお年寄りへの大きな福音となるだろう。
『森部好樹が選ぶ 日本のベストベンチャー25社』/森部好樹 著
※情報は記事執筆時点(2016年6月)のものですが、一部2017年6月に最新の情報に更新しました