屋外に設置されている据え置き型のディスプレーや、自販機に液晶パネルを搭載したスマートベンダーで情報を発信する機器などを「デジタルサイネージ」と呼ぶ。一口にデジタルサイネージといっても、その表現力や技術レベルには、大きな違いがある。設定された映像を繰り返し再生しているだけのものから、ネットワークにつながって、その指示で適切な情報を発信するもの、目の前に立っている人間の顔を認識して提供する情報を変えるものまである。
山下惠助氏率いるクロス・メディア・ネットワークス(以下CMN)も、デジタルサイネージサービスを提供している1社だ。同社の場合、設置機器をクローズドなネットワークを使って管理・発信する。ホテルでの案内板のような、限られた人だけに向けた情報発信が中心だ。クローズドなネットワークとは、この場合は、特定のアプリをダウンロードして利用している人にだけ、といった意味合いだ。ほかに、CMNが関わっているデジタルサイネージを見ることができるホテル、公共施設などでのみ情報が発信されるという使い方もできる。
例えば、特定のアプリをインストールしたスマートフォンやタブレットを持ったユーザーが、CMNが設置したデジタルサイネージの近くを通りかかる。すると、デジタルサイネージに埋め込まれたセンサーが端末のユーザーの接近を感知する。端末の所有者の性別・年齢・嗜好などに合った情報を、アプリ経由で通知するという仕組みだ。
このように、ユーザーが自分から情報を取りに行かなくても、自動的に必要な情報が配信されるタイプを「プッシュ型」という。こうしてデジタルサイネージ設置店舗、あるいはその近辺で使える情報や割引券などを発行し、利用を促す。アプリ登録時にその人の属性を確認しているので、不要な人には情報が届かない。
使われるセンサーは目的に応じて数種類あり、提供される情報はネットワーク経由で配信される。地域限定、あるいは属性限定の情報配信ができ、相手を絞り込んだ広告活動ができる。
「仮に(沖縄の)石垣島に、月に50本しか生産されない泡盛があり、島を訪れた人だけが登録できる通販サイトがあるとします。旅行者に対するサイトの存在の告知は、デジタルサイネージを利用する。これは、石垣島の中だけで配信します。石垣島は年間約120万人の観光客が訪れます。彼らが潜在顧客です。製造者は、全国に行き渡らせられるだけの生産量がなくても、問題なく販売できます。『売り切れご免』でおしまいです。しかも通常の通販サイトのように、価格競争に巻き込まれることもありません。購入する側と提供する側、双方にメリットがあります」(山下代表)
こんな活用法も山下代表は考えている。学生専用マンションのエントランスにデジタルサイネージを設置するというもの。大手の不動産事業者と共同開発中だ。入居者には、設備点検やゴミ捨て場の情報など、一般的にはマンション内の掲示板などで提供する情報を配信するアプリをダウンロードしてもらう。そうすると、マンションの住人にだけ、アルバイト情報や近所の飮食店のクーポン、就職情報などが配信できる。
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博多にあるバスターミナルのデジタルサイネージ。設定次第で多様な使い方ができる[/caption]
もちろん、上述したように、通りかかった住人の属性に合わせて、デジタルサイネージで広告を配信することもできる。そのマンションに住むことで、クーポンやアルバイト情報が得られるとなれば、マンションの価値が上がる。つまり、マンションを管理する不動産会社にとっても、空室が減ったり、家賃が下がらなかったりといったメリットがあると踏んでいる。
女性居住者の多いマンションなら、デジタルサイネージに保安用の監視カメラを取り付けて、出入りする人たちの行動を自然に監視することも可能だ。女性居住者の属性が分かれば、化粧品やエステの情報も提供できる。あるいは、引っ越してきたばかりの人に対して、近所のクリーニング店から「引っ越し祝い」として割引のクーポンを届けるなどのサービスもできる。
アプリ経由で割引クーポンなどを配信していれば、その使用状況も簡単に分かる。そのため、実際に効果があった分だけ支払いが発生する出来高制が採用できる。広告主は実際に得られた利益の中から広告料を支払えばいいため、導入を決断しやすい。CMNでは既に6年、デジタルサイネージを扱っている。その中で、人々の機器類に対しての反応についてもデータを蓄積してきた。そのため、広告を効果的に見せる技術にも長けている。
「女性が多いマンションでは、約半数が監視カメラを設置しています。女性は監視カメラに気付くと、必ずといっていいほどカメラを見直します。デジタルサイネージの脇に監視カメラを取り付ければ、監視カメラを見た人に、その人に向けた広告映像を高確率で見せられます。私たちは、そんな試みも交えて、広告効果を高めています」
多様な企業と提携し、効果を最大化する
しかし、一番の関門は、情報配信用のアプリをユーザーにインストールさせることだ。そこでCMNでは、情報を受信したり、配信されたクーポンを使用したりするたびにポイントがたまる仕組みをつくっている。そしてポイントをためればモノと交換できたり、マンションの家賃の支払いに使えるようにしたりと、お得感を演出してダウンロードを促す。マンション居住者向けの情報をアプリで配信することも、ダウンロードを促す施策の1つだ。
ユーザーに高い付加価値を提供するために、CMNでは多様なポイントサービスを持つ会社と提携している。それは同社がデジタルサイネージのシステムをワンストップで事業展開する上でのテクニックの1つだ。液晶や独自のセンサーを搭載したデジタルサイネージ本体やクラウドサーバー、コンテンツ、管理システム、そしてデータセンター。デジタルサイネージに必要な一連の技術をすべて網羅して提供しているのがCMNの競合に対する優位性だ。
CMNのデジタルサイネージ技術は、大きく分けて(1)「Internet of Things(IoT)」=ハードウエアの部分と(2)「Information and Communication Technology(ICT)」=ソフトウエア部分の2つから成り立つ。
(1)はデジタルサイネージ本体(モニターとセンサー基盤、メーン基盤)、(2)はクラウドサーバー、コンテンツ、管理システム、データセンターだ。(1)の「デジタルサイネージ本体」も、細分化すると筐体、基盤、電源などに分けられる。CMNでは国内外の多彩なメーカーと提携関係を結んで、最適化を進める。
山下代表の、サービスの安定供給に対する執念を感じ取れるエピソードがある。もともと、大手のサーバーを借りて運営していたが、システムトラブルなどでいきなりシステムが落ちてしまうことがある。その際に、理由が分かれば対処法や復旧までの目安も立てられるが、一切開示してもらえなかった。そこで、信頼できるサーバー会社を探して資本提携をしてしまった。そのおかげで、トラブル情報などが共有できるようになったというものだ。
「バスターミナルのような公共性の高い施設を手がけているため、トラブルは少しでも減らしたい。こうした取り組みのおかげで、ハードウエアからソフトウエアまでが円滑につながり、お客さまが望むものはほとんど提供できるようになりました」
カスタマイズも自由自在だ。自動販売機を例にとると、他社は自販機にモニターを取り付けるだけになるところを、CMNは自販機周囲の温度を測定するセンサーなど、多くのものを付加できる。そうした情報と売れ行きなどを分析すれば、自販機で飲み物を売るメーカーにとってはマーケティングができる。そういったカスタマイズに対応できるように、システムはすべて内製している。
「だからこそ価格競争に巻き込まれることもなく、福岡市の西鉄グランドホテル前にある225インチの大型ディスプレーや、バスターミナルの案内表示といった、本来なら大企業が請け負うような仕事を受注できているのだと思います」と山下代表は語る。
ほかにも、観光地で、デジタルサイネージと施設のホームページを連動させるサービスを進めている。利用者がモニターを操作してQRコードを表示して、スマートフォン上でホームページに誘導したり、クーポンを発行したりという使い方ができるという。
「一般的に、ホームページを運営しているシステム会社は、デジタルサイネージのハードウエア運用はできません。しかし、私たちはそれができます。そうやって九州で、受注を伸ばしてきました」
2016年10月、東京・五反田にオフィスを構えたのは、そろそろ全国展開の時期がきたという判断に基づいてのことだ。
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