貸したお金をそのまま放っておくと、一定の年数が過ぎた時点で時効となり、債務者の返済義務が消滅します。これは、「請求できるのに何もしないで放っておくような権利の上に眠る者は、保護する必要がない」という法律上の考え方によるものです。
時効は、個人や企業相手だけに適用されるものではなく、実は金融機関に対しても適用されます。つまり、預金にも時効があるということです。これまでは預金の時効など知らなくとも影響はありませんでした。しかし今、預金の時効について考えるべき時がきています。なぜなら、時効になった預金が狙われているからです。
銀行預金は5年間で時効が成立する
多くの人にとって銀行預金は、単に給与振込の受け皿であったり、公共料金の引き落としのためのツールに過ぎません。しかし、銀行で口座を開設し、預金を預けることは、れっきとした銀行との契約なのです。
口座を開設し、預金を預けることにより、預金者は商法でいうところの商人である銀行に対し、商事債権(商行為でによって生じた債権)を持つことになります。そして、この債権(銀行預金)は法律上、権利を5年間行使しなければ時効が成立するのです。銀行で口座を開設すれば、必ず「約款」を手渡され、その中には次のような内容が含まれています。
「この預金が、当行が別途表示する一定の期間預金者による利用がなく、かつ残高が一定の金額を超えることがない場合には、当行はこの預金取引を停止し、または預金者に通知することによりこの預金口座を解約することができるものとします」
これは時効を意味しています。時効は、預金口座へお金を預けた時点から計算されます。その後に預金者が入出金すれば銀行が債務を承認したことになり、時効は中断し、あらためて時効期間が始まります。最後の入出金から5年間放置すると、時効は成立し、預金者は預金を引き出すことはできなくなるのです。
時効になった預金は引き出せなくなるのか?…
とはいえ、「自分の預金も時効になっているのではないか」と慌てる必要は現状ではありません。これはあくまで法律上の話にすぎないからです。時間がたつと自動的に預金を引き出せなくなるのではなく、銀行が「時効のため支払わない」と意思表示を行うことで、初めて債権は消滅します。しかし、銀行はこれまで1度も預金を時効にしたことはありません。
このように法律上は時効を迎えた預金口座は「休眠口座」と呼ばれ、一括して管理されています。これは会計上の債務と法律上の債務には考え方に違いがあるからです。企業会計では、時効になった債務(休眠預金)を預金債務として扱うのはおかしいという考え方があります。そのため、会計上は資産として扱うことになり、銀行のものになったように見えるのです。
しかし、あくまで「見えるだけ」です。銀行がこれらの預金を勝手に使ってしまうことはありません。実際に休眠口座であっても、窓口に問い合わせれば預金を引き出すことができるはずです。銀行が支払いを拒むことはありませんが、10年を超えるような長い期間放置されている預金の場合は、事務処理上の都合からしばらく時間を要することがあります。
債権の種類によって時効の期間は異なる
時効になった銀行預金が引き出せなくなるという心配は不要です。しかし、そのほかの債権には、時効になる時期が決まっています。
例えば、交通事故の損害賠償請求権や、医療費、工事代金は5年で時効です。個人間の借金や敷金・保証金の返還請求権は10年で時効です。飲み屋のツケ、宿泊費はたった1年で時効です。
また、同じ金融機関であっても銀行と信用金庫や労働金庫、信用組合では時効の期間が異なります。なぜなら、こうした金融機関は組合員のためのものだからです。
長い間使っていない口座の通帳を紛失してしまったり、銀行印を紛失してしまったりということもあるでしょう。そのような場合には、お金の引き出しに余計な手間と時間がかかってしまいます。もし、預金者が死亡したり、法人で社名や代表者が替わっていればさらに手続きが複雑になります。休眠口座など持たないに越したことはありません。
休眠口座が狙われている
以上のような理由で休眠口座の所有者にとって本当に怖いのは法律上の時効ではありません。しかし、休眠口座の取り扱いを変えようとしている最近の動きには注意が必要です。2016年5月18日、衆議院財務金融委員会において休眠預金の有効活用が審議されました。
その中で、預金者が名乗りを上げないまま10年間放置された預金などの総額が、払戻額を差し引いても、毎年500億円から600億円程度にも上る状況であることが明らかになりました。このように放置された預金については、広く国民一般に還元し、国民生活の安定向上および社会福祉の増進に資するべきという考えが出てきているのです。
企業の場合、休眠口座を持つことは大切な経営資源を無駄に放置することです。企業に存在する多くのステークホルダーや地域社会に対する責任として経営資源を無駄にすることは許されません。ましてや、大切な経営資源が休眠口座であることを理由に第三者のために利用されるとなれば、ステークホルダーから責任を問われることにもなりかねません。
預金の時効とその有効活用の議論を通じて、肝に銘じるべきは、権利の上に眠るだけでは保護されないということです。企業は個人よりも、多くの金融機関と取引をするケースがほとんどなので、休眠口座をつくってしまう可能性も高くなります。せっかくの預金を第三者に利用されないようにいま一度チェックすることをお勧めします。