下の表は、内閣府が考える「仕事と生活の調和が実現した社会の姿を実現させるための3つの必要条件(一部抜粋)」です。これによれば、その対象は女性のみならず、「若者」「母子家庭の母」「労働者全般」「高齢者」など多岐にわたります。
一時期は女性労働者を中心にした施策を重視していましたが、昨今の少子化・超々高齢化社会の実情を踏まえ、若者や学生の就労状態を改善する動きが目立つようになりました。つまり現状におけるワーク・ライフ・バランスは、女性労働者の環境改善策というよりはむしろ労働者全体、あるいは国民全体の就労環境改善のために必要だという位置付けになっているといえます。
ということであれば、経営者の中には「女性力活用を推進したい当社としては、包括的な施策(ワーク・ライフ・バランスの拡充)よりも女性労働者に特化した即効性のある施策に取り組みたい」などと考え、政府の行動指針を軽んじる人が出てきても不思議ではありません。
しかし、そう考える経営者が多いことが、日本でのワーク・ライフ・バランスの遅れやズレを生み出している要因の1つであることもまた事実。金銭的・人的資源に乏しい中小企業が効率を求めるあまり、かえって大きなロスを生み出すというジレンマは、今後の女性力活用の大きな課題といえるでしょう。
過去において、日本企業の多くはワーク・ライフ・バランスの導入・整備に力を入れてきました。しかしそれらの試みは期待ほどの成果を見せないばかりか、逆に女性社員の不満を増大させる要因にもなっています。
そもそも企業がワーク・ライフ・バランスを重視するようになった理由は、
・サービス残業や過労死というネガティブなトピックへの対応
・長期的な不景気による企業の停滞・下降による女性力への着目
・海外企業や自社内の外国人労働者からの目や批判
などが挙げられます。
つまり、日本におけるワーク・ライフ・バランス施策の多くは、第三者的要因に背中を押された形で生み出された、いわば「やらされている感」が強いものが多く、その消極性のせいで施策が十分な効果を発揮できなかったという点は否めません。
この点は前項で説明した「経営者がワーク・ライフ・バランスの趣旨を理解していないことによる失敗」以上に大きな問題をはらんでいるといってもいいでしょう。経営者が「やりたくないけど、仕方なくやっている」という気持ちである以上、どんな施策も確実に失敗するので、導入コストが抑えられる分やらない方がましだといえます。
一方、「女性社員の結婚・出産・育児などに伴う退職・離職率を低下させる」という本来の目的を持って導入に臨んだ企業は数多く、それらの企業努力の結果、女性の育児休業取得率は年々増え続け、2012年には約90%(厚生労働省調査)に及ぶなど、出産時離職する女性社員の減少に大きく貢献しました。
大手企業によるこれらの結果を受けて、それまでの消極的な態度を改める企業が増えてきたことも大きな成果の1つといえます。
生産性向上の成果は上がらない
しかし明るい話題ばかりではありません。制度の拡充が一般化するにつれ、育児休業やその他の各種施策・制度の整備・利用を重視するあまり、制度を利用しない社員や部署に過剰な負担を押し付けたり、仕事そのものを家庭や生活のおまけのような位置付けで考える社員が増加したりといった本末転倒な問題が各地で噴出したのです。
新制度導入の副作用ともいえるこれらの問題は、当時ワーク・ライフ・バランスの万能性に酔っていた多くの経営者を大いに驚かせました。
女性の就業環境を改善し、モチベーション向上や生産性向上などに役立つはずの施策が、逆に「家庭を重視するあまり仕事に対するモチベーションが低くなる女性社員」を数多く生み出したことは、大きな驚きをもって、経営者のみならず経済全体にまで広がりました。
また「制度は社内にうまく定着し、妊娠や出産をしても離職しなくなった女性社員は増えたが、もたらせた成果はその事実のみ」という問題が出た企業も少なくありませんでした。つまり、ライフ・ワーク・バランスがもたらしたのは、「(出産を機に)辞める社員が少なくなった」「人材の(結婚や出産による)流出が減り、社員の人事管理がしやすくなった」「しかし当初の目的であった、生産性の向上・企業の停滞打破・優秀な人材の確保・モチベーション向上といった部分については変化が見られない」などであり、ここでもまた本末転倒な問題が発生したのです。
これらの問題は「ワーク・ライフ・バランスの母」である米国では見られなかったこともあり、男性優位意識が強く、女性が社会に出て働くことがある種のイレギュラーとして定着していた日本のビジネス界の異常性を表している、あるいは「日本版ワーク・ライフ・バランス」の限界ではないかという意見も聞かれるようになりました。