1976年、ハンガリーの工科大学で建築学を教えていたエルノー・ルービック氏が考案した6面体の立体パズル「ルービックキューブ(Rubik’s Cube)」は、世界中に大反響を巻き起こしました。全世界の販売数は累計3億個を超え、今でも立体パズルの定番として親しまれています。
言ってしまえばブロックの色をそろえるだけの小さなパズルであるルービックキューブは、なぜ世界の人々の心を捉えたのでしょうか。
もともとは教材だった
ルービックキューブは、もともと「学習教材」として作られたものでした。考案者のルービック氏は、工科大学の教師として「学生が平面の世界でしか物を考えない」と、長年不満を抱いていました。そこで、学生に「三次元の空間の世界と、空間の自由な可能性」を理解させたいと思い、ルービックキューブを考案したといいます。
当時のハンガリーは共産圏でしたが、公社を通して玩具として1977年に販売されました。この6面体の学習教材は、パズル的な面白さが口コミで評判となり、海外でも大人気に。米国では半年で200万個というセールス記録を樹立しました。
日本におけるルービックキューブの販売を担ったのが、玩具メーカーのツクダオリジナル(現・メガハウス)です。日本では1980年から販売されました。同社は店頭で「2分間チャレンジ」といった企画や、ルービックキューブのイベントを催し、完成できた人には「ルービック・キュービスト認定証」を送りました。この認定書を持つルービックキューブマニアは「キュービスト」と呼ばれるようになり、愛好者同士のつながりを生みました。タレントの萩本欽一氏もキュービストの一人として知られています。
こうしたプロモーションもあって、ルービックキューブは日本で瞬く間に普及。最盛期には、ニセモノも含め800万個ほど出回っていたとされます。
シンプルで直感的でもパターンは「4千京」…
ルービックキューブの魅力の1つに「シンプルさと奥深さ」が両立している点があります。「色をそろえる」のは、誰でも理解できるほどシンプルなルールです。シンプルだからこそ、大人から子どもまで容易に遊べました。
しかし、完成させるまでの手順が「4千京以上ある」といわれているように、すべてのパターンを極めようとすると、奥深い探求の道が待っています。発案者のルービック氏は「解くには好奇心、ある程度の忍耐力、空間感覚が必要。スピードを競うなら器用さもいる」と述べています。
魅力としてはさらに、正方形の集合体であることが、人間の審美眼にかなっているという一面もあります。もともと人間には、「言葉では説明できないが爽快」という感覚があります。特に、黄金比やシンメトリーのように、端正な配列に心引かれる性質があります。中には、物が整然としていないと我慢できないタイプの人もいます。
例えば英国のチャーチル元首相は、休みになるとストレス解消のために庭にレンガを積み重ねていたそうです。整然としたものを作り上げるという行為には、人類共通の本能的な“安らぎ”が含まれているのかもしれません。
面白さを具現化できるか
ルービックキューブは、最初からヒット商品として生まれたわけではありません。「学習教材」を「パズル玩具」に見方を変えたのがきっかけでした。
抽象的な学術研究が「実利とかけ離れている」と判断されてしまうことはよくあります。ですが、無味乾燥に見られがちな研究から、面白い商品を生み出せる着眼点を持った人も存在します。「役に立たないから必要ない」と安易に切り捨てず、「必ず何かしらの価値がある」と信念を持ったルービック氏のような人がいたからこそ、ルービックキューブというロングセラーが生まれたのです。
似たようなものに「数独」があります。3×3のマス目の中に1~9までの数字を埋めるというシンプルなルールの数字遊びですが、海外では「ルービックキューブ以来の人気パズル」といわれるほどの大ブームを引き起こしています。特に人気なのが英国で、「Sudoku」という名のテレビ番組が放送されたり、世界大会が開催されたりするまでに至っています。
難解なものを「つまらない」「役に立たない」と決め込むのは、その中に潜む可能性を無視することになります。世界にはまだ見ぬ面白さがあり、それを具現化することが、新しいビジネス創出につながると、ルービックキューブは教えてくれます。
参考文献
・マリオ・リヴィオ『なぜこの方程式は解けないのか』早川書房
・百田郁夫『ルービックキューブ完全攻略公式ガイドブック』永岡書店
・小倉清治、中村彰彦『「謎の六面体」組立法』ダイナミック・セラーズ
・島内剛一『ルービック・キューブ免許皆伝』日本評論社
・島内剛一『ルービック・キューブと数学パズル』日本評論社
・串間努『少年ブーム』晶文社