IoT(Internet of Things)の広がりを、さまざまなシーンで目にし、耳にすることが多くなってきた。建設機械をIoT化させて、建設機器を「販売するモノ」から「提供するサービス」へと変化させたコマツのKOMTRAXは、すでに定番のIoT事例だ。これだけではない。製造業から物流、販売など多くのビジネスシーン、そして自動車や家電など生活にも、IoTは密接に関わるようになってきた。
そうした中で、農業などの第一次産業とIoTの関係は、少し想像がしにくいのではないだろうか。農業や畜産業の現場では、そもそもITとの縁が深くない印象が強い。IoTともなると、実現はまだ先のことだろうと考えても不思議ではない。
しかし、農業や畜産業にITを活用し、IoTのメリットを享受しようという動きは国内でも着実に活発化している。例えば、IT企業のオプティムは、佐賀県、佐賀大学農学部と連携して、農業にIoTやドローン、ウエアラブルデバイスなどを活用した農業の課題解決を進めている。NTTソフトウェアは、牛などの家畜にセンサーを取り付け、行動を分析し、畜産業者にとって重要な牛の発情期を検知するシステムをすでに実用化している。少し異なるアプローチで農業などへのIoT活用を推進しようとする試みが、日本のオラクルが開発した、畑と会話をする「畑bot」と呼ぶシステムだ。
畑と会話をする「畑bot」と聞くと、畑を動き回りながら人間に語りかけるロボットの姿を想像してしまいそうだが、実はちょっと異なる。畑botの「ボット」(bot)は、自動的にコンピューター上で実行するプログラムを指す。畑botをとても簡単に言い表すならば、「無料チャットアプリのLINEを使って畑の状況を対話形式で知ることができるシステム」とでも言えばいいだろうか。その仕組みと、使い勝手を見ていきたい。
使いやすいインターフェースで畑と“会話”…
畑botのシステムもIoTの一種なので、畑の情報を知るためのセンサーが必要になる。その仕組みはこうだ。湿度センサーや温度センサーなどを畑に設置する。そして、無線の通信ネットワークを介してセンサーが検知した情報をクラウドに送信する。ここまでは、多くの人が想像するIoTのシステムと何ら変わりはない。
一般的なIoTシステムであれば、ここで得られた情報をWebサービスの形で提供する。Webブラウザー上に畑の状況を示すダッシュボードを表示する、などだ。ダッシュボードには、畑の温度や湿度を示すグラフが表示され、ことによったら品種ごとの種まきの時期をリコメンドしてくれるかもしれない。パソコンの前で畑の情報を確認しながら、効率的な農業生産に活用するIoTシステムの姿だ。
しかし、日本オラクルの着眼点は違うところにあった。農業の現場や作業者に求められているのは、パソコンを使って各種の情報を入手するIoTシステムではない、という仮説だ。解となったのが、botを使った「会話」だった。農業従事者も、生活者として日常からスマートフォンを利用している人は多く、コミュニケーション手段としてLINEは一般的だ。だとすれば、パソコンを使って新しい操作を覚えるよりも、慣れ親しんだLINEでメッセージをやり取りして情報を入手できるシステムのほうが、使い勝手がいいと判断した。
本当に話をしているようなやり取り
畑botでは、人間の通常の会話を判断、認識する自然言語解析を行うクラウドサービスと、自動的にメッセージの応答を行うbotのサービスが背後で動く。畑のセンサーから入手した情報を、これらのサービスを介してLINEのメッセージとして送るのだ。そう言われると難しく感じそうだが、実例を聞けば簡単なだけでなく、楽しいとも感じるようなシステムである。
例えば、人間がLINEのトークで「水分は足りていますか?」と尋ねると、畑botは「ちょうど良い感じです」「じゃぶじゃぶです」などと、畑の情報を人の言葉で伝えてくれる。裏を見れば、センサーの湿度情報を見ているわけで、湿度が適正範囲内にあれば、「ちょうど良い感じです」と答え、一定以上に高いときには「じゃぶじゃぶです」と答えているにすぎない。だが、LINEでトークをしている人にとっては、畑と直接会話をしているかのようだ。
畑botは、さまざまな問いかけに対して、自然言語解析によって適切なメッセージを返信する。「お元気ですか?」と問えば、「絶好調だぜ!」といった返事がある。返答に困る質問に対しては「分かりません」と正直に答えてくる。単に湿度や温度の数値を確認しているというよりも、メッセージをやり取りすることによって、畑との間にコミュニケーションが生まれる。こうしたIoTシステムならば、効率化だけでなく、畑を愛することにもつながるだろう。
LINEを利用する畑botのインターフェースは、畑だけに限られるものではない。あらゆるシーンで、機械、動物といった言葉を持たない存在との関係性を変える可能性が広がっている。農業とIoTの意外な接近の影には、これまでとは違ったIoT時代の新しいモノとのコミュニケーションの姿が見え隠れしているようだ。