スポーツは老若男女問わず、誰もが、いつでも、どこでも気軽に楽しむことができる。これは「生涯スポーツ」と呼ばれ、日常の中に広く取り入れられている。その一方で、記録更新や試合での勝利を目的に行われる「競技スポーツ」がある。
競技スポーツの現場では、選手が持つ能力を最大限に発揮することが求められる。そのためには、肉体的なトレーニングにより体力を向上させるだけでなく、冷静に状況を判断する精神力や、高度な技を生み出す技術力なども合わせて強化する必要がある。「心(精神)・技(技術)・体(体力)」、3つの要素をバランスよく強化することが成果につながるといわれている。
「心・技・体」のうち「体」の要素となるフィジカル、すなわち筋力や心肺機能に関するトレーニング方法はある程度確立されている。しかし、その力をどのように使うのが効果的なのか、あるいは実戦で力を発揮するためのメンタル制御方法などに関する部分は、後手に回っている感が否めない。
最近はこれらの能力を高めることを目的に、新たな視点からアプローチを試みる動きが活発化している。NTTグループはスポーツシーンにおけるさまざまな情報を計測、分析することによる「心・技」の強化をめざし、研究に注力している。
スポーツに限らず、「心・技」を制御するために重要な役割を果たしているのが「脳」だ。脳は膨大な情報を素早く処理し、分析する能力を持っているが、その仕組みは未解明の部分が多く、人間は無自覚のうちに出された処理の結果(結論)を行動に移しているというのが現状である。
NTTは行動計測や脳機能評価などのアプローチを多角的に組み合わせ、スポーツで勝つための潜在脳機能のエッセンスを解読、アスリートのパフォーマンス向上を促す取り組みを「スポーツ脳科学プロジェクト」と名付け、脳科学とICTを統合した研究に着手した。
一般的に、脳機能を解き明かす方法としては脳波測定やMRI(核磁気共鳴画像法)が知られているが、このような機器を競技中のアスリートに使うことはできない。そこでプロジェクトでは、体の表面に現れる各種の制御信号から脳の働きを推定するアプローチを採用した。
例えば野球などの球技では、ボールのコースを瞬時に判断する能力が求められるが、視点の位置によってコースの見え方が大きく違ってくることが明らかになっている。これは一種の「錯覚」だが、錯覚の発生を防ぐためにはまず脳の仕組みを知る必要がある。
NTTではVR(仮想現実)を用いた脳情報処理の解明や、心拍数などの生体情報を連続計測できる機能素材「hitoe®(ヒトエ)」の導入により、アスリートが自身の脳機能を理解してパフォーマンス向上に役立てられる環境づくりをめざしている。
身体能力と同様に競技の勝敗を左右するメンタル強化についても、プロジェクトではNTTグループのAI「corevo」を活用した取り組みを進めている。これは、従来アスリートや指導者の「勘」に頼っていた要素(試合の流れ、駆け引きなど)を収集し、ビッグデータとして解析するものだ。具体的な数値を知ることは、より正確に自身の状態を把握することにつながる。その積み重ねは「優れた技」や「動じない心」の育成に役立つものだ。
チームの戦略づくりを「見える化」
「心・技」の強化とともに、競技スポーツ、中でもチームプレイで重視されるのが戦略だ。NTTはチームスポーツの戦略分析に「時空間データ分析技術」とAI「corevo」を活用し、データに潜むチームの戦略を自動的に抽出するための研究を進めている。
従来は、監督やコーチが試合中に撮影した映像を見て「今のプレイは良かった」とか「ここは改善が必要だ」といった指摘をする程度で、根拠に乏しかった。それに対して、NTTの研究は試合のプレイログに加えて、これまで取得が困難だった各選手の詳細な位置情報(トラッキングデータ)を根拠に戦略を分析しているのが特徴である。集められた情報と時空間データ分析技術を生かしたアルゴリズムにより、単純なデータ集計では分からない選手間の連係プレイや試合の勝因、敗因まで分析が行える。
このデータを継続的に取得、蓄積して長期的な分析を行うことによって、チームの戦略も「見える化」できる。相手の得意、不得意な攻撃パターンをあらかじめ理解することは練習内容を改善し、強いチームを築くための有効なツールになる。
現在、サッカーJリーグと共同で研究を行っているが、各チームの攻撃パターンにはそれぞれ特徴があることが明らかになった。今後は分析技術を進化させ、リアルタイムで攻撃、守備の戦略を提案する仕組みを構築する計画だ。
ICT活用で変わるアスリートの健康管理
この他にも、スポーツシーンでのICT活用は拡大を続けている。NTTドコモは、スマートウォッチに搭載されたセンサーの情報から、アスリートが「何を食べたか」を自動で認識する技術の開発に取り組んでいる。
現在の食事管理は、その都度写真を撮って記録する方法が一般的だが、手間がかかることが課題だった。同社は、人がものを食べる際の「腕の動作」に注目し、加速度センサー、ジャイロセンサーなどの計測値から食事内容を解析する。認識対象となる食事の種類は、機械学習に用いる認識モデルを更新することで拡張が可能だ。この技術は厳しい食事管理が必要なアスリートだけに限らず、ダイエットや健康維持を目的にした幅広い層に応用できることから期待が高まっている。
今後、スポーツに関する話題はますます増加していくことだろう。最新技術活用によってアスリートの能力が向上し、よりレベルの高い競技が楽しめる時代の到来に期待したい。
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