デザイン・シンキングもしくはデザイン思考として知られる手法について、具体的な事例を基に解説する連載の第7回はパナソニックの事例です。斜めドラム洗濯機の開発に当たり、デザインを一新し、キューブ型のフラットでスクエアなフォルムにこだわりました。その背景には、ユーザーの生活空間を意識したものづくりの姿勢があります。
CASE STUDY 04 パナソニック
スクエアを意識した斜めドラム洗濯機「キューブル」の開発
生活者の新しい空間にマッチする新しいデザイン
パナソニックは今まで以上にユーザーの生活動向に密着。デザイン部門が開発プロセスの上流過程から深く関わって企画・提案して斜めドラム洗濯機を開発。デザインと品質を両立させた新構造の製品を作り上げた。
「ふだんプレミアム」と呼ぶ独自の市場を創り上げた
生活者のサニタリー空間にマッチさせるため、従来の丸形ではなく、四角形のキューブ型にしている。洗濯物の投入口も広くなり、使いやすくなった
大手家電量販店の洗濯機売り場でひときわ目を引く製品がある。パナソニックが2015年11月に発売した斜めドラム洗濯機「Cuble(キューブル)」である。通常の斜めドラム洗濯機といえば、文字通り洗濯物の投入口の形状が斜めになっているが、キューブルの外観は、製品名にも由来する四角形(キューブ型)になっている。
フラットなスクエアといった印象なので、外観だけでは斜めドラム洗濯機とは見えにくいかもしれないが、扉を開けるとドラム部分は斜めだ。このキューブルが発売半年後の2016年半ばには国内の斜めドラム洗濯機市場の約1割を占めるまでに急伸長した。
実はこの製品は、今まで以上にユーザーの生活動向に密着。パナソニックのデザイン部門が開発プロセスの上流工程から深く関わって企画・提案したものだった。
「斜めドラム洗濯機は当社が初めて発売した製品。それ以来、多くの改善を重ねて新製品を投入してきた。今回の製品は2013年から構想しており、社内で毎年開催されていたデザイン提案の中から、当時の事業部門トップの目に留まった。それがキューブルの原型だった」(パナソニックのアプライアンス社デザインセンター第1開発部MA3課の有村敬三・課長)
ヒットの秘密は、独特なキューブ型のデザインだろう。洗濯機を設置している住宅の洗面台回りは最近、従来の曲線を多用する空間よりも、直線的でシンプルな空間になってきている傾向があるという。そうしたスクエアな場所に、従来の斜めドラムの丸みを帯びた外観がイメージ的に合わないと判断。キューブルではこれまでの外観を一新し、四角形にした。
しかも製品の表面の凹凸を極力、抑えている。操作パネルの表示は通常は見えないが、電源を入れると光で浮かび上がる仕組み。洗濯機を設置するサニタリー空間と違和感がないようにデザインしている。
一方で生活者の目線で使いやすさも重視し、改良を重ねている。例えば同社の従来製品と同じ斜め10度に傾斜したドラム槽を活用しながら衣類の出し入れが簡単になるように、投入口の大きさを従来の直径350mmから420mmに広げたり、高さも以前より83 mm上げたりしている。大きさや高さを改良しても、本体の大きさは同じだ。
パナソニックは家電の販売キャンペーンとして「ふだんプレミアム」をテーマに掲げ、「なんでもないふだんを、宝物にしよう。」と打ち出している。キューブルもふだんプレミアムの一環としてユーザーに訴求しており、洗浄力といった洗濯機が備える機能価値に加え、サニタリー空間の多様化に応じた「空間価値」をアピールした結果が奏功したといえる。
高感度な人たちに新しいデザインをお披露目…
しかし開発担当のデザイナーには、キューブルがヒットするかどうか、当初は自信がなかったという。プロジェクトのきっかけはデザイン提案であり、トップダウンによって推進したものの、今までとは大きく異なる斜めドラム洗濯機の外観がユーザーにどう評価されるのか。もちろん、パナソニックのデザイナーたちは普段から生活者の行動を観察し、意識の変化を捉えるようにしてきた。仮説や検証を繰り返し、製品を提案してきたが、そうした企画が実際にどう受け入れられるのかは未知数だった。
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キューブルを製品化する前のイメージイラスト。さまざまなイラストを描いてニーズの理解を深めた。キッチンやサニタリーなどの生活空間と洗濯機をいかにマッチさせるかが問われた(イラスト:パナソニック提供)[/caption] [caption id="attachment_15635" align="alignleft" width="200"]
開発に携わったパナソニックのアプライアンス社デザインセンター 第1開発部MA3課の太田耕介氏[/caption]
そこで2013年に設計やデザイナー、商品企画の担当者が集まりプロジェクトチームが発足すると、モックアップを作成。2014年には東京・六本木で高感度なモニターたちを集めてモックアップを展示し、さまざまな意見を聞いた。
「どんな声が出てくるかと思ったが、ヒアリングの結果は非常に好評だったので、フラット型のデザインに対する弾みがついた」(アプライアンス社デザインセンター第1開発部MA3課の太田耕介氏)
開発で課題となった点の1つが、投入口の扉を従来のよう丸形にするか四角形にするかだった。一般的な斜めドラム洗濯機は投入口が丸くなっており、開閉する扉も丸い。キューブルも丸いクリアウインドウがあるので、一見すると開閉扉も丸い印象があるが、開閉扉自体は四角になっており、丸いウインドウが付いている格好だ。これは四角形というデザイン上のイメージのほか、扉を大きく開閉できるので使いやすくなり、ユーザーの負担軽減にもつながりやすくなるという利点もあった。しかし扉の開閉部分が大きくなるため、改良を施した。
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扉の開閉部分を従来のように丸形にするか、それとも四角形にするか。品質維持のために新たな開発も求められた。その結果、丸形のクリアウインドウを使いつつ、四角形の扉にできた[/caption]
表面の凹凸をできる限り抑えた「フラットフェイス」にもこだわった。手入れが簡単になり、傷もつきにくいからだ。しかし製品の品質を維持するには、どうしても難しい部分が残った。そこでフラットフェイスを実現するために、新たなパーツを付加するなど構造上の工夫を施した。パーツの分だけコストはかかるが、品質を確保しながらフラットフェイスにも見えるようなった。
さらに従来のヒートポンプ乾燥方式ではなく、「低温風パワフル乾燥」と呼ぶ新しい方式を採用。機器の小型化で内部に余裕が出るようになり、設計やデザインがしやすくなった。
デザインに関わるコストや構造をどう判断し、処理するのか。一般的にはデザインを犠牲にするケースが多いのかもしれないが、デザインの問題は単純に色や格好だけではなく、背景にはユーザーの使い勝手や生活者自体をどう評価しているかといった企業の姿勢があるのではないだろうか。そこが「デザイン」を通して問われるのであろう。キューブルのケースはデザインの重要性をトップが強く認識した上で、経営の視点で的確に判断したといえそうだ。それが新しい技術開発を産むベースになり、製品のデザインや使い勝手などにも影響していき、結果的にユーザーから大きな評価を得ることになった。
※掲載している情報は、記事執筆時点(2016年1月)のものです