デザイン・シンキングにおける課題の1つが、せっかくのアイデアが商品化に結び付きにくいこと。独創的な商品を生み出しても、市場性で評価しようとすると企業の意欲は後退しがち。社内の事業部門がどこも手がけないとなると、アイデアだけで終わってしまう。そこでソニーは新たな組織体制を生み出した。アイデアを新商品にするために必要な独立性のある小さな組織づくりを、ソニーのTS事業準備室の事例に学ぼう。
ソニーが2014年に発表した「ライフスペースUX」は、室内空間やインテリアとの調和を図りながら、ユーザーに新たな感動体験を提供しようと考えられた商品群である。ソニー流のデザイン・シンキングをベースに開発を推進している同シリーズの新作が、16年2月に発売した「グラスサウンドスピーカー」。円柱形の有機ガラス管を用いて音と光を組み合わせて空間演出を行うという新規性のある商品だ。
ライフスペースUXを手がけるのは、ソニーのTS事業準備室。TS事業準備室は、平井一夫・社長兼CEOが直轄組織として13年に新設した組織。14年1月に米国ラスベガスで開催されたInternational CESで「4K超短焦点プロジェクター」とともにライフスペースUXのコンセプトが発表された。
ライフスペースUXの商品には、グラスサウンドスピーカーのほかにも「ポータブル超短焦点プロジェクター」や「LED電球スピーカー」があり、商品ラインアップは現時点で4種類。ソニーの斎藤博・TS事業準備室室長は「社内外でも、ライフスペースUXの商品化ペースは早いと言われている」と語る。
TS事業準備室が既存の事業部の垣根を越え、新規性の高い商品を次々とリリースできるのは、組織のあり方によるところが最も大きい。TS事業準備室は、社長直轄組織であることに加え、商品化の推進を強く意識して立ち上げられた。斎藤室長は「社長の平井が、リスクを取ってでも新商品のリリースを加速させる目的で発足させた。そんな意識が行き渡っている」と語る。
その裏側には、新たな取り組みはすぐに結果に結び付くものではない、との理解もある。重視するのは商品化のスピードで、発売した商品の売れ行きなどによるプロジェクトの成否の判断を急がない。事業部制ではない新たな商品開発手法として、TS事業準備室の取り組みの継続を経営層が推進している。
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TS事業準備室は、社長直轄組織。どの事業部にも属さず、TS事業準備室の商品開発などを事業部がサポートする位置付け。開発などのコストはTS事業準備室が負担する[/caption]
TS事業準備室は、既存の各事業部から独立した存在のため、既存の商品領域を超えて開発を行えるのも強みだ。実際、ライフスペースUXの商品領域はプロジェクター、スピーカー、LED電球とさまざまだ。また、例えばテレビやカメラなどの事業開発を専門的に行う各事業部にはそれぞれの通常業務があるため、新しい取り組みに人員や予算などを割きづらい。TS事業準備室には、既存のしがらみにとらわれることなく、新商品開発に注力できる環境が整っているのだ。
「我々は小さな組織。新しい取り組みには賛否両論がつきものだが、関わる人が増えればダメ出しの数も増え、商品化の障壁になる。事業部と比べ、意思決定に関わる人数が少ないことも商品開発を素早く行える理由だ」(斎藤室長)
商品開発の基準はどこにあるのだろうか。それは、ライフスペースUXのコンセプトに合致するかどうか。簡単に言えば、空間になじむもの。かつ、新しい体験を生み出せるものだ。社内からは、商品開発に生かせそうな技術提案が集まってくる。制限を設けず技術をやみくもに募っても取捨選択は難しいが、ライフスペースUXというコンセプトを打ち出すことで、エンジニアらも技術提案がしやすくなっている。ライフスペースUXの商品群は、既存の各事業部とは別にTS事業準備室が責任やコストを負って商品化を進める。開発から発売後の売り出しまで一元的に同室が手がけるからこそ、商品化まで到達できる。
16年2月10日には、東京・恵比寿のアルフレックスショップ東京でポータブル超短焦点プロジェクターとグラスサウンドスピーカーの発売記念イベントを開催した。同店舗内には、4K超短焦点プロジェクターや、LED電球一体型スピーカーを設置し、居住空間に合わせた使用例を示した。ほかにも、コラボレーションパートナーとして星野リゾートのホテルブレストンコート(長野県軽井沢町)などにライフスペースUX商品の展示を行った(16年4月時点)。既存の事業部ではつながりにくかった、ユーザーとの接点づくりにも主体的に取り組んでいる。
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アルフレックスショップ東京で「ポータブル超短焦点プロジェクター」を展示する様子。家電量販店などに陳列するだけでは訴求しにくい商品価値を伝える[/caption] [caption id="attachment_17159" align="aligncenter" width="233"]
「LED電球スピーカーLSPX-103E26」
独自の高密度立体基板配置によって、通常のLED電球と同等サイズまで小型化した電球型スピーカー。存在を感じさせないことをめざす、ライフスペースUXのコンセプトを体現した商品[/caption] [caption id="attachment_17160" align="aligncenter" width="450"]
星野リゾートのホテルブレストンコートにあるデザイナーズコテージに設置されたグラスサウンドスピーカー。コラボレーションパートナーを通じた商品訴求に力を入れる[/caption] [caption id="attachment_17161" align="aligncenter" width="300"]
「ポータブル超短焦点プロジェクター LSPX-P1」
小型超短焦点レンズや光学モジュールにより、壁際に置いた際には22インチ、壁から28cm離して置けば80インチの映像を投写できる小型プロジェクター。2016年8月下旬出荷予定。9万9900円[/caption] [caption id="attachment_17162" align="aligncenter" width="450"]
アルフレックスショップ東京で「ポータブル超短焦点プロジェクター」と「グラスサウンドスピーカー」の発売記念イベントを開催[/caption] [caption id="attachment_17163" align="aligncenter" width="400"]
「4K超短焦点プロジェクター LSPX-W1S」
147インチの4K高解像度映像を壁面に映し出せるプロジェクター。インテリアとの共存をテーマに、空間と調和する家具のようなスタイリングを採用。ソニーストア 銀座のみで販売。540万円[/caption]
※掲載している情報は、記事執筆時点(2016年10月)のものです