デザイン・シンキングでは、具体的にどのようなことを行うのか。それを知るために、ここではワークショップのセミナーを通じてさらに理解を深めよう。一般社団法人デザイン思考研究所(柏野尊徳・代表理事兼所長)が実施している2日間のコース「本場スタンフォード大学に学ぶ! デザイン思考マスタークラス」に参加し、デザイン・シンキングを疑似体験してみた。
デザイン・シンキングの手法で知られる米スタンフォード大学の「d.school」のアプローチを、2日間のコースに凝縮したものだ。d.schoolではデザイン・シンキングを「共感」「問題定義」「創造」「プロトタイプ」「テスト」の5つのステップで考えている。この流れに沿って、実際に考えたり書いたりするなどワークショップの形式で実際に行動しながら学ぶのである。
2014年9月中旬に東京で開催された同コースには約14人が参加し、4~5人のチームに分かれて受講していた。午前10時から開始し、途中で昼食や休憩を挟んで午後5時まで実施する。メンバーは企業などのリーダークラスが中心。学んだ内容を自社に持ち帰り、デザイン・シンキングの推進役になる人もいる。もちろん全員が初対面であるが、コースを通じてさまざまな議論を重ねるうちに、次第に親近感が出てくるようだ。
コースでは「共感」「問題定義」「創造」「プロトタイプ」「テスト」の5つのステップごとに進む。「共感」の中でもいくつかのステップに分かれている。いずれも最初に簡単な説明があり、その後にメンバーたちが議論したり紙に書いたりしながら、チームごとに考え方をまとめていくという流れだ。
「共感」とはデザイン・シンキングの起点となるステップで、文字通り「他人が感じていることを感じる」ことである。目的はインサイト(気付き)の獲得である。このためにはフィールド観察やインタビュー、実際の体験などを通じて理解する。
コースではメンバーが2人ずつペアになってインタビューを行った。抽象的ではなく、いつどうしたのかなど具体的に聞くことがポイントだ。行動から態度、さらに価値観へと内容を掘り下げる。答えを聞くのではない。矛盾や沈黙さえも受け入れる。今回のテーマは「働き方」であり、まずは自分の問題意識をメモした後、互いの問題意識をそれぞれインタビューしていく。
次のステップが「問題定義」である。インタビューなどで出てきた事実から、問題解決に向けた着眼点を定めることが目的だ。このため、インタビューの内容を「発言」「行動」に分け、そこから相手の「考え」「気持ち」を推測してマッピングでまとめていく。
例えば「残業はいやだ」との発言があるが、実際の行動は「残業ばかり」。そうなると「早く帰りたい」という考えがあるものの、「業務が終わらないので残業は必要」といった矛盾した気持ちがある。こうした事実を踏まえ、どんな「ユーザー」が、必要とするのはどんな「ニーズ」で、その背景にはどんな「インサイト」があるとして着眼点を導き出す。
ただし、着眼点を見つけても、次のステップで解決策を生みだすまで本当に適切かどうか分からないので注意が必要だ。壁に当たれば戻って、見直してみる。今回は各チームから「休みを確実に消化できるようにする」「仕事の効率を上げるようにする」「仕事と家庭を両立できるにする」といった問題定義が出てきた。ここで1日目は終了し、メンバーは今日の行動を振り返り、感想などを話し合った。
2日目では最初に、「問題定義」の次のステップである「創造」を学んだ。ここでは「問題定義」に対応してテーマを設定し、できるだけ多くのアイデアを出していく。
注意する点は、アイデアの内容を評価しないことだという。約20分の時間が与えられ、メンバーは1つのメモ用紙に1つのアイデアを書いて貼っていく。そうして出てきたさまざまなアイデアを予算や技術的に「うまくいきそうなもの(実用性)」、新しい市場かどうかは不明確だが「ユーザーがわくわくするもの(有用性)」、そして今までにない「革新的なもの(革新性)」に分類していく。できるだけ多くのコンセプトで語れるようなアイデアを残しておけば、今後は発展する可能性が高い。
次のステップは「プロトタイプ」である。アイデアを手に取ったり、その場で試したりできるようにするのが目的だ。この段階のプロトタイプは詳細でなくてもいい。作ってみて、イメージと異なるようなら、また作り直せばよい。
セミナーの会場に用意されたプロトタイプの材料は、紙やテープ、ひもや割りばし、紙の皿、ゴム風船など手軽に購入できるものばかり。まるで工作の時間のように、さまざまな材料でプロトタイプを作っていく。たとえ精密なものでなくても、身近な材料だけでも使い勝手は理解できそうだ。タブレットやスマートフォンの画面を作りたいときは、わざわざアプリを開発しなくても、紙にボタンやスイッチの絵を描けば済む。プロトタイプの作成時間は15分である。
失敗してもいいから「テスト」してみる
プロトタイプを作成したら、「テスト」のステップだ。ユーザーが使っているシーンを想定し、その場面を自分たちで演じてみて疑似体験し、不具合を確認する。素早く作り、素早く失敗することがポイントである。改良を重ねることで、アイデアが次第にはっきりしてくる。
会場のあちこちで、自分たちの試作品の使い勝手を検証し、意見を出し合う光景が見られた。あるチームの場合、社員に休みをしっかりと取らせるため、休日をどのように過ごしているのかをモニターできる小型の装置をアイデアとして出していた。
これを具体化するため、紙やひもなどで腕時計型のモニター装置を試作していたが、実際に装着してみると多くの機能が重たく感じ、外したい衝動に駆られる。すでに自分の腕時計を身に付けているし、装置の外観も良くない。改良を重ねた結果、腕時計型ではなくブレスレット型のアイデアが出てきた。これなら軽く、おしゃれな感じがする。装着していても負担が少なく、面倒に感じない。実現できそうな印象だ。プロトタイプの材料費は数百円だろう。
コースの締めくくりは、チームごとの成果発表である。自分たちが作成した最終的な試作品を使い、活用のシーンを演じてデモを行う。同じ「働き方」をテーマにしていても、ブレスレット型の休日をモニターするシステムだけでなく、オフィスでのフリーアドレスを支援するシステム、仕事と家庭を両立させるアプリの開発などユニークなアイデアばかりである。
イノベーションにつながるアイデアの芽が出てきても、経営トップが「市場規模はどうか」「いつまでにできるのか」などと聞けば、すぐにつぶれてしまいかねない。イノベーションの芽を育てる質問とは「どんな発見があったのか」「何を学んだのか」「次は何を知りたいのか」といった前向きな姿勢だという。2日間のコースで学んだメンバーたちは、デザイン・シンキングの考え方を自社に持ち帰り、社内で新たな芽を育てるに違いない。