夫から引き継いだのは、すさんだ雰囲気の中、製品の横流しが横行していた鋳物会社。改善に挑んだ女性社長は、風土改革に挑み、不正の一掃に成功した。内部不正を経験、克服した経営者による不正対策のポイントは社員の居場所づくりにあった。
ステンレスなど特殊鋳鋼品の製造販売を手掛ける辰巳工業(大阪府茨木市)。2000年、辰巳施智子会長は、2代目社長の夫からこの鋳物会社を引き継いだ。当時、会社は債務超過に陥っていた。さらに複数の社員が不正を働いていた。出荷前の製品や生産過程で出る鉄くずなどを他社に売りさばき、小遣い代わりにしていたのだ。
辰巳会長。2000年から15年間社長を務め、15年11月に会長就任。現在は娘婿の辰巳毅氏が社長を務める(写真/山本さとる、以下同)
「当時は約40人の社員がいたが、半数は見て見ぬふりをしていた」と辰巳会長は振り返る。
社内の雰囲気は最悪だった。不良品を出しても素知らぬ顔で働いたり、終業時刻の1時間前からタイムカードの前に居座り、時間を潰したりする社員もいた。
中には「俺らが汗水垂らして働いて、事務所の人間を食わせてやっているんだ」と言い放ち、仕事を頼むと「こんなことやってられるか!」とチェーンを振り回す社員もいたという。
「もちろん金銭の不正を働いた社員は悪いが、すさんだ風土をつくり出した責任は全て経営者にある。申し訳ないと思うと同時に、ここから変えていかないと、不正もなくならないし、業績も上向くことはないと考えた」
辰巳会長は、不正を徹底的に断つ覚悟をする。まず製品の横流しをなくすため、生産現場に出て在庫数や行き先を一つひとつチェックし、材料・製品在庫の管理システムを構築した。
3日以内に月次決算、損益分岐点越えで努力賞を出す…
その上で、あらゆる方策を講じ社員の意識改革を促した。例えば、不良品に対する考え方。それまでは不良品を出した社員が炉で再溶解し、不良報告を出さないことがあった。そこで溶解量、出荷製品の重量、日々の出荷金額、不良率、不良対策書などを食堂に貼り出した。不良品の金額を換算し、決算数字に与える影響も社員に繰り返し説明した。
また、月次決算を翌月3日以内(営業日ベース)に実施して、損益分岐点を超えると、全員に1万円ずつ「努力賞」を出した。すると、それまで7%以上だった不良品率は見る見る1%以下に低減。「生産状況と経営状態の見える化を図り、社員みんなでこの会社を経営しているという意識を持てるようにした」と辰巳会長は説明する。
社長就任から3年もたつと、累積損失はなくなり、決算賞与を出せるようになった。以降、福利厚生の充実を図っていく。学年に応じた1万〜5万円の子供手当、皆勤手当、技能手当、学習手当、月1万円までの医療費半額手当、消費税アップ手当……。
ユニークなものでは、PTA活動や野球のコーチなど、地域の活動に貢献した際のボランティア手当、家族や友人たちとの食事会開催時の手当も。さらに借り上げ社宅制度も導入し、家賃の半額を負担する。
こうした制度も、社員の意見を聞きながら導入した。ここまでくると、製品の横流しなどをする社員は皆無になったという。不正に対する毅然とした態度と防止策に加え、社内の風土改革に力を尽くしたことが、辰巳工業の不正対策のポイントだ。
頼られているという実感
社員は好んで不正をしたいわけではない。「どうしてこんな会社で働かなくてはならないのか」といういら立ちが、不正の一因となる。逆にいえば、経営者が愛情をもって社員に接すれば、不正発生のリスクを大きく抑えられる。
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社員の平均年齢は38歳。社員たちと辰巳会長は母子のような関係だ[/caption]
辰巳会長が大切にしているのは「1人ひとりの居場所づくり」。個人面談の際には、社員の長所を3つ挙げた。また、普段から「社内で信頼できる人は?」「誰が素晴らしいと思う?どういうところ?」と聞いておき、「〇〇さんがあなたのことをこう褒めていたよ」と伝える。会社から期待されているということだけでなく、仲間から頼られ必要とされていることは、裏切りから遠ざける。
折に触れ、自社製品が国内や海外のどこで使われているかも説明した。時には納品先の大手企業を訪ねて現場を見せ、社員が自分の仕事に誇りとやりがいを感じられるようにした。取引先の会社が自分たちの製品に喜ぶ様子や反響も逐一伝えている。
鋳物工場は「きつい」「汚い」「危険」の3K職場とされる。だが辰巳工業には、次から次へと先輩が後輩を呼んできて入社するという。
「朱に交われば赤くなるというのは本当で、悪い人たちの中に入れば悪くなるし、仲良く心健やかな人の間に入ればそうなる。不正はこれからも出ることはないと思います」。辰巳会長はそう話す。
日経トップリーダー
※次回「集中連載 会社を傾ける社員の不正を許さない」は3月13日(月)公開です