経済、雇用環境の変化で、社員の不正リスクが増大している。日本企業は海外企業より、1件当たりの被害額が大きい。財務が脆弱な中小企業では、不正が経営危機に直結する。
社員による不正事件は古くから存在し、日経トップリーダーが調べた限りでは不正件数の増加を示すデータはない。ただ、経営に及ぼす影響は確実に大きくなっている。理由は、会計監査・コンサルティング大手、プライスウォーターハウスクーパース(PwC)が実施した調査(下図)から説明できる。
恐らく、日本企業は不正の防止対策が甘いので内部犯罪を誘発し、多額の決裁権限を持った部門長クラスの暴走を止めきれていないのだろう。結果として、1件当たりの不正金額も、日本企業は世界平均を上回っている。
内部犯罪が多く、金額も大きいという特徴は、不正が経営危機に直結しやすいことを意味する。まず、内部犯罪を招く管理体制の不備は、取引先や金融機関からの信用問題につながる。特に大手企業は数年前とは比較にならないほど、取引先の管理体制を厳しく精査する。最近はSNS(交流サイト)などインターネット上で地方の中小企業の不正事件も一気に広まるので、軽視は禁物だ。
また、巨額の不正は資金繰りを圧迫する。ここ数年、本業の収益力が低迷している中で、内部留保を新規事業の投資に振り分け、資金繰りに余裕のない中小企業が増えており、不正による資金流出は命取りになりかねない。
事実、社員の不正が経営破綻の引き金となるケースも多い(下表)。資金の私的流用が目的でなく、トップからの重圧に負け、幹部が帳簿操作に走る例もある。
業務の負荷が、物理的にも心理的にも拡大傾向にある今のような環境下は、社員の不満が蓄積しやすく、不正発生リスクも高い。また、深刻な人手不足も不正の遠因となりかねない。社風に合わない人材を焦って採用すれば、組織内で孤立し、他の社員の監視が届きにくくなるからだ。
さらに中小企業でグローバル化が進んでいることも、不正対策の点からはリスクだ。江守グループホールディングスのように、海外子会社の管理が手薄になり、不正の温床となるケースがある。
こうしたリスクの拡大を、経営者は正しく認識しているだろうか。PwCアドバイザリーの上野俊介マネージャーは「調査によると、69%の日本企業が『資産の横領が社内で起きる可能性は低い』と答えていながら、過去1年間に不正が起きた企業を見ると、その91%が横領だった」と指摘する。
マイナンバーもリスク
社員の不正にもいろいろな種類がある。主なものを挙げると、資産横領、帳簿粉飾、贈収賄、情報漏えい、インサイダー取引などだ。最も多いのは横領だが、今後増えそうなのが情報漏えいだ。
IT(情報技術)化が進んだことで、社員が顧客データベースを持ち出す事件が多発している。さらにマイナンバー制度もスタートした。社員が同僚らの個人情報を持ち出し、悪徳業者に売却する事件が出てくるかもしれない。
不正は、お金が絡む経済犯罪には限らない。例えば、昨年発覚したマンションのくい打ちデータ改ざん事件。厳しい工程スケジュールが一因とされ、販売会社は巨額費用が伴う建て替えを余儀なくされている。管理体制の不備という点は、経済犯罪と同じだ。
不正の芽は、至る所に存在する。「長年働いている社員ばかりだから信用できる」と考える経営者もいるだろうが、それが間違いである。信頼感だけでは不正を防ぐことはできない。
日経トップリーダー
※掲載している情報は、記事執筆時点(2016年4月)のものです