業界トップクラスの実力を持つ企業であっても、自社のリソースに満足せず、常に新しいアイデアを求めている。今回紹介するのは、文房具やオフィス家具の製造販売、オフィス通販などを事業展開しているコクヨの極意。同社で、オフィス家具の設計から空間デザインまでを手掛けるファニチャー事業本部が運営する実践型研修サービス「スキルパーク」の中で、人気の高い「会議ファシリテーション術」だ。スキルパークの誕生背景と研修内容に加え、生産性が3倍アップする会議術について、スキルパーク シニアトレーナーを務める下地寛也氏に話を聞いた。
コクヨ株式会社
[コクヨの研修] スキルパーク シニアトレーナー
下地寛也 氏
1969年生まれ。千葉大学工学部工業意匠学科卒。1992年コクヨ株式会社に入社。
オフィスインテリアデザイン設計、働く環境と従業員の行動に関する分析・研究などの業務に従事した後、2003年より法人顧客に対する企業変革コンサルティング、人材育成・
教育研修を担当。ワークスタイル研究所の所長を経て、現在は経営企画室にてコクヨグループのチェンジマネジメントにも取り組んでいる。(撮影/上野隆文)
「会議ファシリテーション研修」
コクヨの研修「スキルパーク」では、組織全体のスキルアップにつながる数多くの研修を用意している。さまざまな企業が抱えるリアルな課題や問題を知るコクヨならではの実践的な内容となっている。そのうちの1つ「会議ファシリテーション研修」では、会議をうまく進行させるための、効率的で効果的なファシリテーションの基本スキルを身に付けることができる。また、読んで学べる「コラム」も掲載されている。
オフィス家具の設計から空間デザインまでを手掛けるファニチャー事業本部から、スキルパークという研修事業が誕生した背景について、下地氏はこう話す。
「1997年に、社内でフリーアドレスをスタートさせましたが、効果的な運用ができずに結果はボロボロ。オフィス家具や空間デザインを売るだけではダメなんだと何となく気付いたきっかけの1つだったと思います。ハードの設計だけでなく、働き方といったソフト面での提案を行うのがコクヨ流です。なぜオフィスをつくり変えるのか、なぜこの家具を購入したのかを伺っているうちに、さまざまなノウハウがたまってきたのです。お客様の悩みで特に多いのが、社内のコミュニケーションをスムーズにして、フロアを活性化したいというものでした」
試行錯誤の中で見えてきたのは、オフィス環境を変えたからといって、働き方やコミュニケーションは自動的には改善されないということだった。下地氏はこうした企業が抱える課題について、「欠如していたのは『なぜこの空間デザインなのか』『環境を変えることで何をめざしているのか』を社員間で共有するという視点だったのです」と語る。
競合と比較しても、コクヨの強みは顧客のリアルな課題を解決してきた実績にある。アカデミックなアプローチやメソッドづくりから解決方法を探るのではなく、1社1社の課題解決から“解”を導き出すことにますます注力するようになったという。「私たちの事業で今後知っておくべきこととして、組織のコミュニケーションがどうあるべきかについてノウハウを集めるだけではなく、体系立てて研究し始めたのです」(下地氏)
社内実験場LIVE OFFICEが社内を成長させた
そうした中、知見を試し解決へと導くオフィス空間を提案する場所が必要だとして誕生したのがLIVE OFFICEという取り組みだ。1969年、当時の一般オフィスより一歩進んだ「生きたショールーム」として始まった画期的な試みは、現在全国にある同社オフィスのうち26カ所(※2017年3月31日現在)で展開する、自社製品とアイデアを試すスペース。来社した顧客に公開し、実際に使用している様子を見てもらう狙いのほか、コクヨの社員も新しい働き方を試すことができる。生きた知識と経験を貪欲に取り込もうとする取り組みである。
全国26カ所にあるコクヨのLIVE OFFICE。品川オフィスは新製品の「DAYS OFFICE」シリーズなどで構成されている
「当社は、フリーアドレスや昇降デスクの導入など、まずは思いついたら何でも自社でトライアルをしてみる企業文化なんですね。ただし、社内でトライしたことの8割は失敗に終わります(笑)。つまり成功確率は20%程度。そこから何度も社内でトライ&エラーを繰り返してお客様が使いやすい状態に持っていき、初めて製品化やノウハウ提供へとつながるわけなんです」(下地氏)
他社に提供するスキルパークの研修も、社内で効果を確かめてから日の目を見る。下地氏は「お金をいただいて提供するコンテンツには、当然クオリティーが求められます。そのクオリティーを高める中で、普段自社で実践するレベルも大きく高まりました」と、社内の効果についても語る。
オフィスを変えたいという顧客のニーズをきっかけにして、コミュニケーションの活性化や働き方改革を提案してきた同社。そこから、社内の活性化に欠かせない「マネジメント術」「会議術」「コーチング術」「プレゼンテーション術」などのノウハウが蓄積され、スキルパークが誕生した。人材育成・活性化のノウハウが蓄積され、いまでは「組織全体のコミュニケーションのあり方」「女性活躍」「ダイバーシティ時代の働き方改革」といった、多くの日本企業が抱える課題の相談も増えてきているという。
ダメ会議の原因は目的がブレているから…
数ある研修の中でも、人気が高く、すぐに実践に生かせると評判が高いのは「会議ファシリテーションスキル」だ。ロジカルシンキングやプレゼンテーションなどのスキルが自分の力を高めるものであるのに対して、ファシリテーションスキルは、他人つまり会議の参加者の力を引き出していくスキルだ。つまりファシリテーションの力を身に付けることでチームのパフォーマンスは劇的に高まるのである。
会議ファシリテーション研修は1日研修が基本だが、半日や2日間など要望に応じて変更も可能だ。参加者に自社の会議の問題点を書いてもらうところからスタートする。よく出るのは「時間通り始まらない」「アイデアが出ない」「物事が決まらない」「時間通りに終わらない」「ギスギスした感じになる」など。こうした問題点は、そのまま企業風土や文化といった個性なので、解決策が見えやすいという。下地氏は、問題点の傾向を見て研修内容を組み立てるという。
下地氏の経験では、受講者もしくは受講企業のほとんどが「会議の目的が曖昧」という課題に頭を悩ませているそうだ。
「そもそも会議の目的は2つに分けられます。1つは、ディスカッションやアイデア出しが目的の“創造会議”。もう1つが情報共有や報告が目的の“定型会議”です。この2つは、実は野球とサッカーくらいルールが異なるものなのです。正直にいうと両方を同じ“会議”という言葉で呼ばないほうがいいくらいです」(下地氏)
会議の進行役であるファシリテーターがまず心しておくのは、どちらのタイプの会議かを忘れないことだ。例えば定型会議で、急に相談を投げてくる人がいる。その相談をみんなで考えてしまうと、その後の報告事項は終わらなくなる。つまり気が付けば創造会議になっていたとうわけだ。解決法として下地氏は「相談が急を要し、重要ならば『では、予定を変更してこの場で考えましょう。残りの報告はメールで』と進行することもあるでしょうし、『その相談は、会議後に○○さんと残って一緒に考えましょう』と切り返すことで、会議の目的をコントロールすべきです。つまり、ファシリテーターの役割は、その会議を有意性のあるものにすることなのです」と解説する。その上で、場の空気全体を読みながら、全員から意見を吸い上げ、うまく質問を引き出すことが大切だとも付け加える。
下地氏は、ダメな会議の原因は「会議の目的が曖昧」のほかに、次の3つに集約されると話す。
(1)■アイデア、意見が出ない。
(2)■時間通りに、結論が出ない。
(3)■会議の空気(雰囲気)が重苦しい。
これに対し、会議を成功させるポイントとは、ファシリテーターが「アイデア」「時間」「チームワーク(雰囲気)」のマネジメントを行うことだという。
(1)■組み合わせを引き出すような質問をする。アイデアが出るたびに評価しない。
(2)■会議の中盤で「結論の決め方」を相談する。
(3)■重苦しい雰囲気をつくっている偉い人を「笑顔」「傾聴」「褒める」で懐柔する。
1について例文を挙げるなら、「何か、他の業界でヒントになることはないかな?」「何か、ムダになっていることはないかな?」「何か、全く方向性を変えられることはないかな?」といった、答えやすそうな問いかけをすること。また、アイデア出しとアイデアを精査する時間を分けるのが、ファシリテーターに欠かせないスキルだという。
2の決め方については、「多数決」「決裁者の判断」「合意するまで議論」で掛かる時間が変わる。どうやって決めるかを場に問いかけることが大切。
3の会議の雰囲気改善については、飲み会の雰囲気を盛り上げるのと似ている。つまらなさそうにしている人にも意見を求め、うなずき、相づちを打って空気を明るくしていくわけだ。
今すぐ使えて、生産性が3倍アップする会議術
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『コクヨの3ステップ会議術』(中経出版)は下地氏の著作。前述のように、現場ですぐ使えるヒントが満載だ。同シリーズは、他にもプレゼンテーションやロジカルシンキングなどがある[/caption]
最後に、下地氏がオススメする、すぐに使える会議ファシリテーション術を紹介する。
●ファシリテーターを決める
会議の進行役ができる人はリーダーシップを発揮できる人。自ら買って出て、挑戦することは自己成長にもつながる。もし、挙手するのがためらわれるならば、板書役に回ったフリをして、会議を仕切ってしまう方法がオススメ。
●腕時計は机の上に置く
机の上に腕時計を置けば、さりげなく時間の進み具合を確認できる。手首にはめたまま誰かの発言中にチラ見すると「急げ」のサインと捉えられてしまうので要注意。スマホでの時間確認もメールを気にするそぶりになる。なるべくノイズを発しないように気を付ける。
●アイデア出しに大切なのは「笑顔」と「相づち」
発言しても周りが無反応というのはよくある話だが、会議の雰囲気をつくりたいなら、ファシリテーターが「意見を言ってくれてありがとう」というメッセージを発すること。アイデアや意見に対して、まずは「なるほどね」「面白いね」と笑顔でうなずくことで、意見の出方は大きく変わる。
●板書と議事録をどうするかを決める
ファシリテーターが、会議の板書や議事録の要/不要をきちんと決める。「パソコンで議事を取りモニターに映すのでホワイトボードの板書は不要」「ホワイトボードに発言を書き、後で撮影して共有するから議事録は不要」など。全員が会議に集中できるよう、事前に決めておくと効果的。
●人数がそろわなくても時間通りに始める
会議は「定刻になりました。まだ2人来ていませんが、始めていいですか?」と断りを入れ、定刻通りスタートする。時間通りに集まってもらうのには、自分が時間通りに始める人間だと知ってもらうのが最も効率が良い。もちろん呼ばれた会議でも同じで、定刻前に必ず着席しておこう。