ビジネスの基本は、現場の状況を正確に把握することだ。とりわけ店舗や事務所の経営者は、すぐに判断・意思決定するための情報収集として、現場の状況や変化に常に細心の注意を払う必要がある。しかし実際には、現場が見えていない経営者も多いようだ。現場で何が起きているかを知る重要性について考えてみたい。
刻々と変化するビジネスシーンの把握は、経営者に課せられた大切な仕事だ。担当者からの報告を聞いたり、経営数値を確認したりするといった間接的な情報収集だけでは不十分。必要に応じて自ら現場に赴いてチェックし、顧客やスタッフの声に耳を傾ける。これは時代や業種を問わず、あらゆる事業運営に求められる常識といえる。
しかし、日本の全企業数の9割以上を占める中小企業や小規模企業者では、さまざまな業務を経営者一人で切り盛りしているケースも多い。忙しさのあまり、現場のチェックがおろそかになってしまうのだ。
東京都内で美容院を複数経営するA氏もそんな現状に問題を感じている。A氏は、店舗と離れた事務所に出社して前日の売り上げデータを確認した後、取引先との交渉やスタッフとの打ち合わせ、求人の面接といった業務に追われて1日を終える。顧客サービスの充実をモットーにしているものの、店舗で実際にどのような顧客サービスが行われているかを自分の目でチェックする機会は、それほど多くはない。
そんなとき、店舗で重大なクレーム事案が発生する。慌てて店長に確認したが、いまひとつ説明が不十分で要領を得ない。また同じ頃に他店舗では陳列していた化粧品が持ち去られる万引き被害が発覚した。「やはり自分で現場の状況を確かめたいのだが、体が1つしかないので難しい」とA氏は嘆く。
テレビの刑事ドラマに「事件は会議室で起きているんじゃない。現場で起きているんだ」といった名セリフがある。ビジネスの現場では日々問題が発生し、場合によっては深刻な経営問題に発展しかねない。“忙しい”を理由に現場を見ていない経営者は、いつ足をすくわれてもおかしくない。
カメラに自分の「目」の代わりをさせる…
現場の状況を把握する有効な手段が「見回り」だ。寸暇を惜しんで社内を見回り、業務改善を果たした経営者のエピソードがよく語られる。「監視」と表現すると多少ネガティブな印象を受けるが、現場で何が起きているかを実際に目で見て確認できれば、口頭や文書で説明を受けるよりも格段に早く、適切な手が打てる。
とはいえ、A氏を例に出すまでもなく、多忙を極める経営者に見回りの負担は厳しい。そこで活用したいのがIT技術だ。具体的にはカメラを設置し、見回りに代えて現場をチェックする仕組みの導入である。
最近、鉄道駅やコンビニをはじめ、街のさまざまな場所にカメラが設置されている。これらは主に防犯を目的としたものだが、別の目的で設置するケースが増えている。例えば、オフィス全体を見渡せる場所に設置したカメラで、スタッフがどのような動きをしているかを記録し、また受付のカメラで来客の有無や接客状況をチェックするといった使い方だ。
手軽に導入可能なシステムが浸透中
ネットワークカメラを設置し、インターネットを通じて画像を伝送。得られる具体的な効果を見てみよう。まずは「現場を正確に把握できる」だ。例えば事務所にカメラを設置したケース。顧客から「午後に連絡しても担当者が捕まらない」いった苦情が来た場合でも、本当に担当者が離席しているかすぐに分かる。もし本当なら、外出先でも事務所にかかってきた電話が取れるシステムを導入する手を打てる。
混雑やクレームといった業務上のトラブルを正確に把握する際にも、現場の映像が持つ価値は報告文書をしのぐ。先に紹介したA氏の美容院でネットワークカメラを設置したところ、混雑の激しい夕方から夜にかけて、クレームが発生する傾向が強いと判明。A氏はこの時間帯に合わせて店舗の映像を重点的にチェックして、必要に応じて電話で連絡し、接客に細心の注意を払うよう指示を出すようにした。
カメラを設置すれば被写体となる人が「見られている」という意識を持つ。それによって、被写体が社員なら業務上の不正防止につながり、被写体が顧客なら万引きなどの被害の発生を抑える効果が得られる。
こういったシステムを活用するにはある程度の導入コスト以外に、ランニングコストが必要になる。カメラをただ設置するだけではなく、常時ネットワークに接続し、映像データを逐次伝送、保存しなくてはならないからだ。ただ、最近はカメラの価格がかなり下がってきていることに加えて、ネットワーク接続も他の情報システムと共用にすることができるので、コスト面でもハードルは低くなっている。
生産性アップにも
このような状況を踏まえ、ネットワークカメラを使ったシステム構築を手がける各事業者は、ユーザーの目的に合わせた新たな提案を行っている。数多くのセンサーやカメラから取得した情報をインターネット上で活用する環境が整備されつつある今、必要な情報を低コストで提供する仕組みが開発されている。
また、これまで重視されてきた「カメラ=防犯用」という概念から一歩進めて、映像をビジネスに役立つ素材と捉えた新しい活用法を訴求している。具体的には店舗を訪れた顧客の動線を分析することによるマーケティング戦略や、オフィスにおける従業員の活動状況から生産性を高めるための工夫などが挙げられる。
なお、ネットワークカメラの導入・運用に当たってはプライバシー保護など、撮影に関する基本的なルールを改めて確認しておきたい。社長が監視するだけの「のぞき穴」設置を歓迎する社員など存在しない。どんな方法で映像を取得し、どのように活用するのか、事前に明確な根拠とポリシーを示して理解を得ることが重要だ。