第3回では、安心感を与えるポイントとして、「存在を見留める(認める)」ことの重要性を説明しました。そして、その具体的な手段として、声掛けの有効性を紹介しました。今回は、「ありがとうファースト」や「感じさせる」ことの大切さについて解説します。
結果よりも経過を承認
私が事業部長になった後、マネジャーとして配属された際、直属の部下となった女性社員がいました。彼女と会ったとき、正直、「本当にこの子はおとなし過ぎて営業に向いてないなぁ」と思いました。でも、彼女に興味を持って「この人をどうやって輝かせたらいいかな?」と見ていたら、気が付いたんです。
毎朝早めに出社して、必ず同じ時間に机周りの整理整頓をしている。身だしなみもきちんとしていて、自己管理ができている。遅刻もせず、時間や期日は必ず守ります。それまで、どれだけ営業成績が良くても、勤務態度が悪かったり、欠勤が多かったり、約束を守らなかったりする人はすぐに成績が上がらなくなり、辞めていきました。その瞬間は良くても、基本ができていない人は続かないのです。
だから、どれだけ私の上司たちが「営業成績が上がらない彼女には、もうこの仕事は無理なのではないか」と言っても、「いえ、彼女は絶対に大丈夫です」と伝えていました。
営業の数字は結果。その結果が悪くて、一番気にしているのは彼女自身です。だから、そこをただ責めても何も変わりません。結果には至らないけれど、その経過に目を向け、その人なりの変化や成長を伝えることが大切なのです。
彼女は数字にこそ結び付きませんでしたが、そのための努力は怠っていませんでした。私は結果よりも成果を出そうと努力しているというプロセスに気が付き、「常に真面目に取り組む姿勢を見ているよ」と伝えていたのです。私が声を掛け続けたことで、自信を付けた彼女は、積極的に人に声を掛けられるようになり、やがて立派なマネジャーになりました。
興味を持ち、関わっていかなければ、相手のことは見えてきません。誰もが必ず、キラリと光る「何か」を持っています。それを見つけ、引き出せる人がいいリーダーにもなれると思います。
「ありがとうファースト」で影響を伝えよう
「ありがとう」という言葉は当たり前のようで、実はきちんと口に出して伝えることができていない人が多いように感じます。でも、自分が言われてうれしいように「ありがとう」は究極の存在承認。ありがとう、と言ってもらうことで、自分は役に立っている、必要とされていると感じることができます。
チームのメンバーにも、何かをしてもらったら必ず「ありがとう」と伝えましょう。私はこれを「ありがとうファースト」と呼んでいます。例えば「ありがとう」が貯金のようにたまっている人間関係の中で、指示やダメ出しをするのと、貯金がまったくない中でそうするのとでは、相手の受け取り方が変わってきます。まずは「この前、○○をやってくれてありがとう。作業がはかどったよ」と、感謝の気持ちを伝えてください。
また、「ありがとう」を伝えるときは、相手の行動に対してではなく、その行動による影響を伝えることで、より感謝の気持ちが伝わりやすくなります。例えば、ただ「資料を作ってくれてありがとう」と言うのではなく、「あなたが作ってくれた分かりやすい資料のおかげで、プレゼンがうまくいったよ」と伝えることで、役に立っていると実感しやすくなるのです。「うれしかった」「助かった」なども影響を伝える言葉です。
人は感じることでしか動かない…
なかなかメンバーが育たないと感じている方に、お伝えしたいことがあります。
「なぜヤル気になってくれないんだ」「なぜいつまでも仕事を覚えないんだ」と感じることもあるかもしれませんが、そんなとき、言葉でどれだけ「ちゃんとやれよ」と、伝えたところで、その人は変わりません。
人が行動を変えるのは、究極的には2つしかありません。
1つは、「目標ができたとき」。自分自身が心の底から「こんな人間になりたい」「こんな仕事を成し遂げたい」と思える目標を見つけられたら、人は変わります。
もう1つは、「危機感を持ったとき」。本人が「このままではまずい!」と本気で思ったら、行動は変わります。「感動」とは「感じて動く」と書きますが、私たち人間は感情の動物。感じることでしか動かないんです。
相手に変わってほしいと思ったときは、どれだけ指示をしても責めても怒ってもダメ。「感じさせる」しかないんです。感じさせるって、どういうふうに?こんなエピソードがあります。
私の知り合いに、おばあちゃん、お父さん、お母さん、小学校1年生の子どもの4人家族がいます。毎週末、小学生の子どもが学校から上履きを持って帰ってきます。その週は、上履きを90歳になるおばあちゃんが洗ってくれました。でも、おばあちゃんは90歳。力がないので、思うようにきれいには洗えません。
乾いた上履きを見て子どもは、「もう!おばあちゃんが洗ったんじゃ全然きれいになってない!」と文句を言いました。あなただったら、そんな子どもに対して何と言いますか?何言ってるの!おばあちゃんがせっかく洗ってくれたんだから、『ありがとう』でしょ。文句があるなら自分で洗いなさい」
きっと、多くの人はこう答えるでしょう。私たちは、言葉で感謝を教えようとします。その家のお母さんも同じでした。でも、その日の夜、お父さんが子どもと一緒にお風呂に入り、こんなことを言ったそうです。
「ねぇ、おばあちゃんはどうして上履きを洗ってくれたと思う?それはあなたのことがかわいいからなんだよ。上履きがきれいじゃなくて気に入らないなら洗い直してもいいよ。でも、せめて一度履いてからにしなさい。もし、一度も履かずに洗ったら、おばあちゃんはどう思うだろう?ああ、私は役に立たなくなってしまったとガッカリするでしょう?だから、せめて一度は履きなさい」
ただ上から「ダメでしょ」「こうしなさい」と相手に指示をするのではなく、まず相手の存在や気持ちを見留めて心を動かし、さらに、自分がどうありたいかという目標へと結び付けているのです。
まずお父さんが伝えたのは、存在承認の言葉です。
・あなたはおばあちゃんにとってかわいい孫(子どもへの存在承認)
・役に立たない人になったとおばあちゃんがガッカリする(おばあちゃんへの存在承認)
そして、「こんな人間になりたい」(もしくはこうなりたくない)という目標に向けて、気持ちが動く言葉を伝えます。
・おばあちゃんをガッカリさせたくない(目標)
子どもの行動をジャッジしたり、コントロールしたりするのではなく、子どもの存在と気持ちを見留めた上で、感謝し、行動することを伝えました。これが、「感じさせる」ということです。
究極の存在承認
私の父が膵臓(すいぞう)がんで余命半年の宣告を受け、入院していたときのことです。痛み止めのモルヒネを打ち、意識はもうろうとして、呼びかけても応えられない状況になっていました。私が見ても、残された時間はそう長くはないのだと分かります。父は既におむつになっていて、おむつは看護師さんが交換してくれていました。
ある日、来てくれた看護師さんは、カーテンを閉め、テキパキとおむつを交換してくれます。終わったら「ではまた何かあったら呼んでくださいね」と声を掛けて出ていきました。あくる日、今度は別の看護師さんがおむつを交換してくれました。カーテンを閉めた後、私の父に向かって「大石さん、おむつ換えるね。動かすからちょっと痛いかもしれないけど、ゴメンね〜」と話しかけてくれたのです。
話しかけても、父が応答などするはずがありません。痛み止めも打っていますから、それほど痛くないかもしれない。そんな状態でも、看護師さんは父に声を掛けてくれたのです。おむつ交換が終わったら「大石さん、じゃまた何かあったら呼んでね」と父に声を掛け、カーテンを開けてくれました。
決して、最初の看護師さんの感じが悪かったというわけではありません。でも、私は娘としてどちらがうれしかったか。どんなに意識がもうろうとして反応がなくても、父のことを最後まで1人の人間として尊厳を持って大切に対応してもらったことが、何よりうれしかったのです。これぞ究極の存在承認だな、と感じた出来事でした。
<第3回と第4回のまとめ>
1 人は自分の存在を見留め(認め)られることで安心する
2 結果よりも経過を承認する
3 「ありがとう」は行動による影響を伝える