あえてこんな失礼なことを聞いてみたのには訳があります。最近、新聞の読者層が急速に広がっているにもかかわらず、その「正しい読み方」についての情報が圧倒的に不足しているのではないか、と思ったからです。
「新聞が読まれるようになった」などと言うと、驚く人が多いでしょう。私は2014年10月まで日本経済新聞の記者をしていたのですが、こう言うと元同僚でさえ「えっ?」という顔をします。無理もありません。近年、新聞離れが加速している、というのが記者たちの間では「定説」になっているからです。
日本新聞協会によると、2017年までの10年間で、一般紙の発行部数は820万部減りました(概数、以下同)。これは朝日新聞と産経新聞が発行する朝刊の合計(764万部)を大幅に上回る部数です。
減少のスピードも10年前と比べて加速しており、2016年からの1年間だけで105万部も減りました。これは規模から言えば毎年、北海道新聞、河北新報、中国新聞、西日本新聞といった大手の地方紙1〜2社分が消えていっているイメージです。
しかし、発行部数や定期購読者の減少は、「読者の減少」「影響力の低下」と必ずしもイコールではありません。新聞記事は紙媒体だけでなく、急速に普及し続けているネットでも配信されているからです。
例えば、「新聞は読まない」という人でも、パソコンやスマートフォンでYahoo!ニュースなどに目を通すことは少なくないでしょう。トップページの記事を見ると、ブログや雑誌などの記事も転載されていますが、3分の1から半分くらいは新聞社や通信社が配信したものです。
「2ちゃんねる(現・5ちゃんねる)」などのネット掲示板にも、違法なものも含め、コピペされた新聞記事があふれています。最近は、記事をさまざまな媒体から集めてスマホなどに配信する「キュレーションアプリ」も人気です。
こうした配信ルートは、ネットが普及する前には存在しませんでした。
私が大学時代を過ごした時期は、ちょうどインターネットが一般市民の生活に入ってきた1990年代です。その頃、新聞社はまだ記事のネット配信をほとんどしていませんでした。すでに新聞を読まない学生が大多数を占めていましたが、こうした人たちは今と違って「まったく」新聞記事に触れていなかったのです。
これに対し、今の新聞の「無購読層」は、本人が意識する・しないにかかわらず、けっこう新聞記者の書いた記事を読んでいます。例えば、総務省の情報通信政策研究所が2017年に発表した調査結果によると、紙とネットを合わせた「テキスト系ニュース」を読んでいない人の割合は8.9%と前年比2ポイント低下しており、ニュースを読む人が増えていることが分かります。この間、紙の新聞の利用が5.2ポイント低下したのに対し、Yahoo!ニュースなどのポータルサイトや、LINE NEWSなどのソーシャルメディアによるニュース配信の利用は伸びており、明らかに「ネット」がニュースの読者を増やしているのです。
さらに、ブログやネットメディアの記事には、新聞記事を引用する形で書かれたものが少なくありません。こうした間接的な利用も、紙媒体しかなかった20年前と比べると飛躍的に増えました。
要するに、紙媒体としての新聞はどんどん減っている一方で、「新聞記事」自体はこれまで読まれていなかった人たちにまで読まれ、活用されるようになっています。「情報収集はネットで十分」と考えている人たちでさえ、実は受け取っている文字情報のかなりの部分が「新聞」由来なのです。
ところが、ネットに親しんでいる若い世代は、ほとんどが「紙の新聞」を継続して読んだ経験を持っていません。
実は、ネットに流れている記事を正確に理解する場合でも、「紙の新聞」についての基礎知識が不可欠です。ネットで流れている記事も、ほとんどは「紙面」に載せることを前提に書かれているからです。
紙面に掲載できる字数には限りがあり、印刷の締め切り時刻も厳格に決まっています。元の記事には、そうしたさまざまな制約を克服するための「工夫」が詰め込まれています。
ところがネットに転載する際、そうした「工夫」の部分はそぎ落とされてしまいます。
こうした事情を知って読むのと知らずに読むのとでは、ニュースへの理解に大きな差が生じてしまうことは容易に想像できるでしょう。
それだけではありません。ネットでしか記事を読まない人はもちろん、紙の新聞を読み慣れている読者でも、「新聞特有の表現ルールを知った上で読んでいる」という人は、私が知る限り、ほとんどいません。実は、ほとんどの人は「正しい読み方」を知らないまま記事を読んでいるのです。