サッカーの2018FIFAワールドカップ ロシアにおいて、日本代表は大会直前に監督が交代するなどの紆余(うよ)曲折はあったもののグループステージ(4チームによるリーグ戦)を突破し、ベスト16に勝ち残ったチームで行われる決勝トーナメントに駒を進めた。日本は1回戦でベルギーに惜しくも敗れたものの、強豪国を相手に善戦を見せ、国内外を驚かせた。
日本代表がベスト16入りを果たしたのは、2010FIFAワールドカップ 南アフリカ以来のこと。当時の日本代表で、チームの心臓としてゲームメークに貢献していたのが、遠藤保仁選手(ガンバ大阪)である。
遠藤選手は、18歳でプロ入りし、38歳となった現在もJリーグの第一線でプレーし続けている。その間、ベストイレブン12回、Jリーグ最優秀選手賞1回を獲得。日本代表としては152試合に出場(歴代1位)し、3度のワールドカップ(ドイツ、南アフリカ、ブラジル)で日本代表のユニホームに袖を通してきた。また、サッカー担当記者の投票によって選出される日本年間最優秀選手賞を2回、Jリーグ最優秀選手賞を1回受賞、2009年にはアジア年間最優秀選手に選ばれるなどの輝かしい成績を残している。
しかし遠藤選手は、恵まれた体格を持っているわけでもなく、フィジカル面においても「体力B判定」だったとメディアで明かしている。「体力B判定」では、一般人としては、並以上でも、トップアスリートの中では並以下。サッカー選手として足が速いわけでも、持久力に優れているわけでもないというのだ。それでも38歳になった今も一線級で活躍できる要因として、著書では「先を読む力」を挙げている。
先を読む力とは何か?
遠藤選手の活躍を支えている先を読む力には、ビジネスで自身の能力を高めるために必要な要素が詰まっている。本記事ではそれを紹介していく。
例えばパスを受ける際、足が速くなければプレーに余裕がなくなり、トラップやその後のキックが不正確になる可能性が広がる。しかし、遠藤選手は、プレーの流れを先読みして動き出しを早めることで、その後のプレーの精度を高めてきた。先を読む力があれば、スピードがなくとも、プレーの質を上げることができる。
先を読むに当たって重要なのは、プレーの選択肢を複数持つことだ。当然ながら、ギリギリまで情報を集めることが欠かせない。読みが外れるときもあるが、その場合は慌てず、引きずらず、考え込まず、瞬間的にゼロベースに立ち返り、状況判断をやり直すのだ。
サッカーにおいて、フィジカル面で優れていることが有利であることはいうまでもない。しかし遠藤選手は、フィジカル面の代わりに「先を読む力」を鍛えたことにより、長きにわたってトップレベルで活躍を続けることができている。
「走ってはいけない」サッカーとの衝撃的な出合い…
遠藤選手が先を読む力と巡り合ったのは、プロデビュー当時にまで遡る。1998年に高校を卒業した遠藤選手は、横浜フリューゲルス(現横浜F・マリノス)に入団。当時監督を務めていたカルロス・レシャック氏の言葉に衝撃を受けたという。なぜなら高校時代は、監督から「動け、止まるな!」と怒鳴られ続け、「サッカーは走るもの」という意識を刷り込まれてきたからだ。レシャック氏の言葉は「人は動くな。ボールを動かせ」だった。
彼の理論は、「動いてばかりいると、いざ、自分がボールを持って動かなければならないときに疲れてしまう。ボールをしっかり回せばパスは通る。人はここぞというときに動けばいい」というもの。遠藤選手は、プロに入ってすぐに大幅に足りないフィジカル面を補う方法を1つ見つけたといえよう。
1999年にはワールドユース世界選手権(現在のFIFA U-20ワールドカップ)でフィリップ・トルシエ監督に起用され、全試合出場。チームも準優勝という成績を収めた。このとき、遠藤選手は自分の能力に手応えを得るとともに、このユースチームが年齢を重ねれば、オリンピック、ワールドカップといった世界レベルのビッグマッチでも十分やれる手応えを感じたという。
ところが、同年に始まったシドニー五輪アジア最終予選の最終戦でポジションを失った遠藤選手は、シドニー五輪では18名の登録メンバーに入れずにバックアップメンバーとなった。当時監督を務めていたトルシエ氏は、気迫を前面に押し出すようなタイプを求めていたが、遠藤選手はその要求に応えきれなかったのだ。
この経験から、自分のスタイルに加え、監督のやり方に合わせていくことも学んだ。そのためには、自分の現状を知り、伸ばすべき長所と克服すべき短所をはっきりと見極め、弱点を克服していかなければならないと考えたのだ。こうした気付きも、代表に選ばれ続ける要因の1つとなった。
2006年、Jリーグでも長らく指揮官を務めていたイビチャ・オシム氏が日本代表監督に就任。オシム氏は「前に速く攻めるスタイルで、ムダなパス回しを嫌う」タイプと見られていた。一方の遠藤選手は「ムダなパスも含めて、パス回しからリズムをつかむ」スタイルであるため、代表に招集されるとは考えていなかった。しかし、オシム氏は遠藤選手を代表に招集した。
その背景にはオシム氏の的確な選手を見る目と、遠藤選手の弱点を乗り越えようとするトライがある。それまで、攻守の要(かなめ)として守備的にも振る舞うボランチと呼ばれるポジションが主戦場だった遠藤選手だが、オシム氏はフォワード陣のすぐ後ろで攻撃の起点となるトップ下で起用した。
「お前はボランチの選手ではない、守備ができないだろう。だったら前で自分の能力を生かせ」
「もっと走れ。危険なプレーをしろ。それが味方を助けたり、相手にとって脅威になったりする。そういう動きをしろ」
オシム氏の要求は、これまでの遠藤選手が培ってきたスタイルとは全く異なるものだった。それに対して遠藤選手は、シドニー五輪で登録メンバーに入れなかったときの経験を生かして、監督の要求に合わせるようトライした。この経験があり、プレーの幅が広がり、遠藤選手のサッカーは円熟味を増していったのだ。
プレーの幅が広がった頃合いで迎えたのが、2010FIFAワールドカップ 南アフリカだった。同大会で遠藤選手は、決勝トーナメント進出を左右する1次リーグの第3戦にて得点を決めるなどの活躍を見せ、日本は決勝トーナメント進出を果たした。
世界で通用する力を身に付けるために必要なこと
遠藤選手の軌跡からは、ビジネスにも通じる成功の秘訣を受け取ることができる。
学生時代に学力や何かの才能が秀でていたからといって、社会で通用するとは限らない。そこには、プロの壁が必ずある。それゆえ新しいステージに上ったら、できるだけ早いうちにプロの壁を超える手段を身に付ける必要があるのだ。遠藤選手でいえば、「先を読む力」を鍛えたことがこれに当たる。
プロの壁を超えた後にも、必ず困難が訪れる。同じことをやり続けるだけで活躍できるほどプロの世界は甘くない。自分の長所を生かしながら、明らかになった弱点を克服する必要性に迫られたときに、現実から逃げずにそれまでの自分を越えなければならない。それが遠藤選手でいえば、オシム氏の要望に応えることであった。
遠藤選手の重視する「先を読む力」は、ビジネスで生き残る上でも非常に有効な力だ。それをレベルアップしつつ、環境の変化に合わせて違った能力を鍛えることで、長期間、トップレベルで戦い続けることに成功している遠藤選手の処世術を、ビジネスパーソンも見習うべきだろう。
※掲載している情報は、記事執筆時点(2018年7月12日)のものです
参考文献
遠藤保仁『「一瞬で決断できる」シンプル思考』KADOKAWA
遠藤保仁『変えていく勇気 日本代表であり続けられる理由』文藝春秋
遠藤保仁『信頼する力―ジャパン躍進の真実と課題』KADOKAWA